ベトナムに本好きの女の子がいた。女の子はある日、本屋で面白そうな本を2冊見つけた。しかし、それを買うお金がなかったために本を盗んでしまった。店員に見つかった女の子は、「私は泥棒です」と書かれた紙を掲げて店先に立つように言われた。そのことをクラスメートに知られてしまった女の子は登校拒否になってしまった。
これは、慈善団体の財団法人至善社会福利基金会(台湾北部・台北市)ベトナム事務所の黄仲始主任が数年前、実際に取り扱うことになったケースだ。女の子が欲しいと思った本は2冊で合計30台湾元(約112日本円)もしないものだった。しかし、貧困家庭の子どもには買うことができない。これこそが、至善基金会がベトナム中部の5つの省で小学生児童を対象とした図書閲覧計画を展開し、児童たちのために無料で閲覧室を建設している理由だという。
至善基金会はこのほど、ベトナムのトゥアティエン=フエ省フーロック県のある小学校で閲覧室の開幕セレモニーを行った。児童たちが英語で物語を読んだり、「赤ずきんちゃん」を演じたりした。舞台で大人たちが挨拶をしているときも、下では子どもたちが火山の爆発について書かれた地球科学の絵本を熱心に読んでいた。アメリカの長編アニメ『カーズ』や日本の『ドラえもん』などの漫画を手にしている子どもたちもいた。セレモニーが終わっても、子どもたちは本を手に、名残惜しそうにしていた。
ベトナム当局がまとめた2013年の統計によると、ベトナム国民1人が1年間に読む図書は平均0.8冊。農村の住民はほとんど読書の習慣がない。子どもたちも、教科書以外の読み物に触れる機会はほとんどない。至善基金会が本を買って贈るだけでは不十分だ。子どもたちが自発的に読書を行い、読書を楽しむようにするのは容易なことではない。
前述の小学校では毎日15分間を朝の読書に費やしている。また、毎週1コマは閲覧室で授業を行い、児童に読書感想文を書かせている。このプロジェクトを担当することになった教員にとっては責任が増えることになる。まずは教員自身が読み聞かせの訓練を受けて、低学年児童に物語を読み聞かせるほか、中・高学年児童には物語の内容をほかの人に話して聞かせる指導を行う。
この小学校には9,000冊の図書があり、2005年には図書館が建設されていた。しかし、図書館の図書は鍵のかかった本棚に保管されている。机は中央にまっすぐ並べられ、空間は狭く、厳粛なムードが漂っている。それと比べて新しく作られた閲覧室は明るく、色使いも鮮やか。さまざまな形式で机と椅子が並び、児童たちが一緒に読書をしたり、本の内容について話し合ったりできる。図書は面陳列され、種類も豊富だ。1カ月間の試用期間を経て、多くの本が何度も読まれ、ページの角がめくれあがるほどになっている。
一般的に読書が好きな子どもは成績が良く、進学に有利と言われている。至善基金会は昨年、中国大陸の農村で読書普及活動を行う香港の「閲読夢飛翔文化関懐慈善基金」の創立者、梁偉明氏をベトナムに招待し、至善基金会と共に読み聞かせの教員や図書館スタッフの育成に努め、児童たちの表現、思考、分析能力を強化し、読書による効果を高める取り組みを行った。
ベトナムの小学校に閲覧室を建設することは、至善基金会が20年前から展開するプロジェクトの一つだ。もともとベトナムの小学校からは煙たがれていたが、現在では歓迎を受けるほどの存在になっている。現在までに160の学校に閲覧室を建設した。その中には外交部(日本の外務省に相当)が支援する閲覧室12か所を含み、そのうち6か所はすでに落成している。これにより、ベトナムの児童約6万人に閲覧室を提供している。なお、同基金会はこのほかにも、就学支援、医療、幼児ケアなどを行っている。
台北駐ベトナム経済文化代表処(ベトナムにおける中華民国大使館に相当)の石瑞琦代表(=大使)は前述の小学校で開幕セレモニーに出席した際、台湾の絵本作家である幾米(ジミー)さんの絵本のベトナム語版を寄贈した。石瑞琦代表は「蔡英文総統はASEAN諸国との関係強化を図るため、35億米ドル規模のODA(政府開発援助)を提供することを決めている。外交部は、至善基金会が行う慈善事業のパートナーとなることができて非常にうれしく思う」と語った。
至善基金会の洪智杰執行長は、「東南アジア地域では台湾のNGO(非政府組織)が活発に活動を行っている。政府が推進する新南向政策もまずはNGOを活用すれば、現地のニーズに応じて資源を投入することができるだろう。プロジェクトとしては大きくなくても、細かい動きをすることができるため、現地の住民もより効果を実感することができるだろう」と述べ、政府の協力を歓迎した。