パリ北東の郊外、オルネー=スー=ボワ(Aulnay-sous-Bois)で教鞭をとるフランス人の英語教師、Yann Rebyさんは毎週木曜日の午後、決まって1時間、College Pablo Neruda中学の生徒10人あまりに台湾に関する知識を教え、これらの生徒たちが英語で台湾の離島、金門県の県立金湖国民中学のペンフレンドに手紙を書くよう指導している。
教室の壁には中華民国の国旗とカナダの国旗が飾られ、掲示板には金湖国民中学の「誠正勤樸」という校訓の書かれたペナントや、金門から送られた手紙の封筒が貼られている。もう一方の壁には大きくて詳細な金門の地図も貼られている。そして、机の上にある大きな紙の箱には大変珍しいものが横たわっている。
それは2匹の大きな「鱟(カブトガニ)」の標本。甲羅には深い光沢があり、腹の固いトゲと剣のような長い尾は人をたじろかせる。それなのに、これほど奇妙な物に関心を払う子どもはいない。なぜなら、生徒たちはカブトガニのことをもうよく知っているからである。
カブトガニは「潮間帯の生きた化石」と呼ばれ、少なくとも4億年前から生存している。金門県水産試験所の資料によれば、過去10年来、大規模な開発による環境破壊で、世界でカブトガニの分布する地域は縮小を続け、個体数も減る一方だという。台湾本島でもかつては西部の砂浜に多くのカブトガニがいたというがもはや全く見られない。30年前には離島の澎湖に生息していたが、今では時折見かける程度となり、カブトガニがよく見られるのは金門だけとなった。カブトガニは台湾における珍奇な生物であるにもかかわらず、それが金門に生息し、「厚」と同じ「ホウ」と発音されることを多くの人は知らない。
しかし、台湾に来たことのないフランスの女の子、Ghizlaine と Clara はカブトガニのことを家で飼っているペットのように話す。Ghizlaine はチュニジア系の女の子で、海外旅行はチュニジアに行ったことがあるだけだが、今年4月6日から24日まで、ワークショップのクラスメートたちと共に台湾と金門を訪れることになっている。異なる文化を体験し、英語を練習しながら、カブトガニについてさらに学ぶのである。
Yann Reby先生ともう1人の教師が引率する、19日間にわたるこの旅行は一般の課外活動ではなく、実現は容易ではなかった。Yann Rebyさんは何度も金門を訪れており、数年前、フランスと金門の学生たちに交流のチャンスを設けることを思いついた。そこで金門で働く英語教師、Andrew Stewartさんを説得して共同で学生たちの文通をスタート、さらには相互訪問を実現させて、子どもたちに相手方の文化や歴史的な遺産に触れさせ、理解させることに成功したのである。
2013年の秋からフランスと金門の生徒たちはペンフレンドとなり、しばらくするとYann Rebyさんは金門の教師と生徒たちをフランスに招待。同時に、フランスの生徒たちに台湾を訪問させるための資金集めに奔走した。そしてフランスの生徒たちの台湾訪問も実現。子どもたちはこの時に金門県水産試験所を見学し、カブトガニについて知ったのである。カブトガニは欧州には生息しておらず、フランス人にとっては大変珍しい生物。このためYann Rebyさんは、生徒たちの2度目の台湾訪問ではカブトガニをテーマにし、交流により多くの教育的意義を持たせることにしている。
昨年11月、金湖国民中学の生徒15人がフランスを訪問。College Pablo Neruda中学の生徒の家にホームステイした。今年4月にはCollege Pablo Neruda中学の子どもたちが金門にやって来る。やはりホームステイで、宿泊費用を節約できる他、生徒たちが庶民の生活と文化をより深く体験する機会となる。Yann Rebyさんは、生徒たちが観光地を表面的に見るだけでフランスに戻るのではなく、地元の人ときちんと接し、関係を築けるようにと期待している。
College Pablo Neruda中学の学生にとって、この旅行の意義は一般の文化交流を大きく超えるもので、人生観を確立させるものだと言えるかもしれない。それはオルネー=スー=ボワという町の社会背景と関係がある。オルネー=スー=ボワはパリの中心から約20㎞のところにあり、人口8万人あまり。フランス国立統計経済研究所(Insee)のデータによれば、2014年の貧困率(貧困者数が人口全体に占める割合)は26.3%で、フランスの全国平均である14.1%を大きく上回る。オルネー=スー=ボワの人たちの年間収入の平均値は1万7,036ユーロで、全国平均の2万150ユーロに大きく劣る。失業率も全国平均が10.4%なのに対して、この町では19.7%と約2倍なのである。
13歳のSaphoraは、この町の雰囲気は楽しいものではないと正直に話す。彼女が外国を訪れる機会はめったにないが、「でも幸い、世界の向こう側に旅行するチャンスが得られた。とても興奮しているし、この旅行は私たちに夢をもたらしてくれる」と話している。
Yann Rebyさんは、「問題は不可能を可能にすることだ。台湾は遠く、そこに行くことは考えられないことであり、不可能なことだった。でも、それさえも実現したのだから、人生の中でまだできないことなどあるだろうか。私たちには必ず、たくさんのことが出来る」と強調している。