2025/05/03

Taiwan Today

文化・社会

高雄市、試掘調査で253年前の石碑

2017/05/11
高雄市文化局は10日、「左営旧城」における試掘調査で発掘された253年前の石碑「索大老爺徳政碑」を公開した。高さ118.5センチメートル、幅54.5センチメートル。清朝時代の軍人、索渾に感謝する地元の名士らが、その離任を惜しんで作ったという。写真はその拓本。(中央社)
台湾南部・高雄市左営区は清朝時代、鳳山県と呼ばれる城郭都市だった。現在、その城壁跡は「左営旧城」と呼ばれる。高雄市文化局は10日、「左営旧城」における試掘調査で発掘された253年前の石碑を公開した。調査は、国立成功大学(台湾南部・台南市)考古学研究所が、寿山自然国家公園籌備処の委託を受けて行ったもの。
 
今回出土したのは清朝時代に作られた「索大老爺徳政碑」。高さ118.5センチメートル、幅54.5センチメートルのもので、碑文の内容から、「索大老爺」とは清朝政府の台湾南部における駐屯兵「南路営」の「参将(軍隊の階級の一つ)」を務めた索渾という人物であることが分かった。索渾は満州八旗の一つ、鑲白旗の出身。沿海地域の風土に詳しいことから、1761年(乾隆26年)に鳳山県へ派遣され、この地域の安全と住民を守るよう命じられた。
 
石碑の素材は花崗岩。考古学者によると、当時の鳳山県の名士らが索渾の貢献に感謝し、その離任を惜しんで、これを記念する碑銘をしたためたという。
 
成功大学考古学研究所の劉益昌所長によると、高雄エリアには清朝時代に地元の名士らが、清朝から派遣された役人の徳政を称えるために作成した石碑が6つある。そのうち2つは、かつて存在していたが、現在は紛失している。いずれも、清朝時代の鳳山県の新衙門(がもん、役所のこと)と旧衙門エリアで発見されている。今回発見された「索大老爺徳政碑」は、これに続く7つ目の石碑となる。劉益昌所長は「清朝時代、鳳山県に派遣された役人たちの功績や、役人による統治の歴史を垣間見ることができる」と評価している。
 
また、「左営旧城」には同じ場所でも地層によって異なるエスニシティの文化が存在するのが特徴。例えば先史時代、先住民族、漢民族、日本軍、外省人(戦後、中国大陸から台湾へ移住してきた人々)の軍人とその家族などが、この場所へやってきてはまた去っていった。劉益昌所長は「古い時代の遺跡や遺物によって、現在の高雄エリアの発展過程を知ることができる」と指摘する。
 
高雄市文化局の尹立局長は、今回の石碑の出土は、城壁跡の下にまだ多くの歴史的文物が眠っている可能性を示すもので、さらに研究を進める価値があると話している。文化局では、同局が進める「見城計画(左営旧城の復元計画)」の下で、城内空間での試掘調査を拡大する方針。
 
高雄市文化局は今年4月より旧城郭の遺跡を巡る街歩きツアー「見城一日旅人」を実施し、随時参加者を募集している。詳細は「高雄市旧城文化協会」フェイスブックページを参照のこと。
 

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