伝統的な「梨園」(唐の時代に設立された皇帝の娯楽施設。演劇界を指す)の劇団にとって、公演を成功させるには演技者の出来栄え以外に、神への敬意や儀式が欠かせない。このため様々な不文律が生み出された。開演前にお供え物を並べて儀式を行うこと、また、衣装や道具を入れる「戯箱」に座ってはいけないこと、神や幽霊を演じる前には身を清め、言葉を発してはいけないことなどだ。
国光劇団の舞台裏で「戯箱」を管理し、もっぱら「祖師爺」のための儀式を取り仕切る、愛称「六哥」の許毓訓さんは今年61歳。彼は十代で海光国劇隊(海軍にかつてあった京劇団)にいた時から「祖師爺」を拝んでいる。許さんによれば、公演では跳んだり転んだりといった危険なアクション場面がつきもの。開演前に神を拝むことは皆が心を落ち着かせる重要な儀式で、劇団はほとんど全て、舞台裏に「祖師爺」を祭り、無事公演を終えられるよう祈っている。
台湾には民間の京劇愛好者、京劇に携わる人たちによる「国劇協会」があり、早くから「祖師爺」を祭ってきた。そしてこの「祖師爺」を分霊したものが「牌位」(神の名が書かれた位牌のようなもの)となり、かつて中華民国陸・海・空三軍の京劇団、「陸光国劇隊」、「海光国劇隊」、「大鵬国劇隊」が各地で公演を行う際にも祭られることとなった。
国光劇団が「祖師爺」を祭り始めたのは1996年。当時、三軍の京劇団が廃止され、そのうち一部のグループやメンバーが集められて国光劇団となった。劇団は台湾北部・台北市の木柵に置かれ、劇場などハード面の施設が整えられると、「国劇協会」の「祖師爺」が舞台裏に迎えられた。
中国大陸においては、こうした祈りと祭りの習慣は文化大革命によって破壊された。しかし台湾では、京劇界の先達たちのこだわりによって、古式ゆかしい伝統が守られている。国光劇団は毎年旧正月前後、「戯箱」の封印と開封の儀式を行い、また「祖師爺」の生誕祭では衣を交換する儀式も執り行う。これらはみな貴重な無形文化資産なのである。
中国大陸の「中央」電視台(中央テレビ)は以前、国光劇団を取材、旧正月前に劇団が「戯箱」を閉じる儀式を全て撮影した。また、国光劇団は海外公演を行う際にも「祖師爺」の写真と「牌位」を持って行き、やはり舞台裏に祭る。こうした習慣はしばしば海外のメディアの興味を引くと言う。
今回の「祖師爺」安置の儀式は文化部の楊子葆政務次長(副大臣に相当)と国立伝統芸術センターの呉栄順主任が執り行った。台湾戯曲センターは文化部に所属。台北都市交通システム(MRT)芝山駅付近の、かつてアメリカン・スクールのあった場所に建てられた。2015年4月に着工し、今年10月3日のアジア太平洋芸術フェスティバルで正式にオープンする。こけら落としの前に伝統的な儀式で「祖師爺」を迎え入れたのは、文化と伝統に対する文化部の重視の現われである。
伝統的な芸術劇団や組織はみな「業界」の神を敬っている。例えば工芸界では「魯班公」、タイワニーズオペラと呼ばれる歌仔戯(ゴアヒ)界では「田都元帥」。京劇界の「祖師爺」は、「梨園」で音楽団を設立した唐の玄宗皇帝だと伝えられている。
「祖師爺」の長年にわたる加護に感謝するため、国光劇団の全メンバーが集まり、花形スターの魏海敏さん、唐文華さん、温宇航さん、劉海苑さんらがおめでたい演目である『鍾馗除煞』、『群仙献賀』、『麻姑上寿』を演じて「祖師爺」に捧げた。歌仔戯の芸術家である廖瓊枝さん、歌仔戯団体・明華園の陳勝福団長、当代伝奇劇場の呉興国さんなど、戯曲界の重鎮が立ち会った。