2025/07/06

Taiwan Today

文化・社会

故宮の修復士シリーズ(1):「予防保存が重要」

2017/09/27
文化財を修復する職人たちの取り組みを描いた中国大陸の映画『我在故宮修文物』が、台湾でまもなく公開される。台湾の国立故宮博物院でも現在、12名の文化財修復士が働いている。国立故宮博物院登録保存処の岩素芬処長(写真)は、「国のために文化財を保存することは、ある種の使命感を覚える」と語る。(中央社)
中国大陸で2016年に制作、上映され、台湾でも10月上旬の一般公開が決まっている映画『我在故宮修文物』。文化財を修復する職人たちの取り組みを描いている。台湾の国立故宮博物院にも、文化財の修復に心血を注ぐ人たちがいる。
 
「幼いころ、故宮博物院の文物をテーマにした切手がとても人気だったのを覚えています。私の兄がいつも買っていました。『清明上河図』や有名な絵画などが印刷されたものです。あの頃は見てもよくわかりませんでした。でもとても好きでした」と語るのは国立故宮博物院登録保存処の岩素芬処長だ。岩処長の故宮に対する最初のイメージは、わずか3×4センチの小さな切手から始まった。
 
大学院で生物化学博士号を取得した岩処長は、卒業後すぐに故宮に就職した。それから25年間、ずっとここで働いている。
 
故宮にはさまざまなセクションがあるが、その多くは学術的な研究を行ったり、事務作業を行ったりしている。登録保存処も例外ではないが、それに加えて、文化財の保存や修復も行っている。「とても素晴らしい仕事です」と岩処長は興奮しながら、この仕事によってどれだけ達成感が得られるかを話してくれた。「国のために文化財を保存することは、ある種の使命感を覚えます」と饒舌に語る岩処長。その様子は、まるで前世も「養心殿造弁処」で働いていたのではないかと思うほどだ。(※「養心殿」は中国大陸の紫禁城にあった清朝歴代皇帝の執務室で、造弁処は皇帝の身の回りの物や紫禁城の調度品を製作する工房のこと)

現在、台湾の故宮に保存される文物は、中国大陸から台湾に持ち込まれて以降、1949年から15年の長きにわたり、台湾中部・台中市霧峰区の北溝に安置されていた。北溝でも文物の修復は行われていたが、その大多数は書画が対象だった。1970年、故宮に科技室が設置されると、科学的手法による文物の保存が重視されるようになった。
 
登録保存処には文化財の修復に関すて3つのセクションがある。それは「器物」、「書画」、「古籍(=図書文献)」である。2015年、台湾中南部・嘉義県太保市に南部院区(=故宮南院)が設立されると、織物などを対象とした「織品修復室」がこれに加わった。故宮博物院では現在、12名の文化財修復士が働く。しかし、今年度、故宮博物院に与えられた修復予算はわずか547万台湾元(約2030万日本円)。これでは、展示を控えた文物の修復しかできないのが現状だ。例えば「乾隆御筆詩経図」の木箱などは、今年末に展示されるのでなかったら、おそらく修復はまだ先延ばしになっていたことだろう。
 
「だから通常の予防保存が大切なのです」と岩処長は指摘する。予防保存とは、最も基本とされる適正温度や適正湿度の維持や防虫対策以外に、大気汚染の観測、照明の調整、内装塗装で空気環境が酸性に傾いていないか、建築物からアンモニアが発生していないかなどを確認することを含む。人体に影響を及ぼすものは、文物にも影響を及ぼす。文物を人体と同じように見る必要があるのだと岩処長は指摘する。「文物の医者」として、物言わぬ患者と向き合い、その外観をしっかりとチェックし、症状に合致した処置をするのだ。
 
今年、故宮博物院南部院区が日本の大阪市立東洋陶磁美術館から借り受けていた江戸時代の伊万里焼「染付柳鳥文皿」が、展示中に破損するというアクシデントが発生した。この場合、針金を使って破片をつなぎ合わせる中国伝統の「鋦釘」と呼ばれる修復や、粘着剤を使用するという修復方法などが考えられたが、日本側は最終的に日本伝統の「金継ぎ(金繕い)」方法を採用することを決めた。これは、薄力粉と生漆を混ぜて作った粘着剤を使い、割れた3つのパーツを接合することで、美しい金色の痕跡を残すという手法であった。
 
「すべての処置が、いつかは歴史の一部になる」と語る岩処長。痕跡が見えなくなるまでに修復するのは商業的なやり方だという。現在の博物館学界の修復倫理では、「古いものを古いままに修復する」ことが強調されており、修復は少なければ少ないほど、文物の本来の材質、構造、修復の痕跡をより残したものほど良いとされている。それらは今後、芸術史や工芸技術の歴史を研究するのに役立つからだ。
 
なお、台湾では現在、台湾南部・台南市にある国立台南芸術大学博物館学与古物維護研究所や、台湾中部・雲林県にある国立雲林科技大学文化資産維護系(=学科)などにしか、文化財の修復を学ぶことができる学科が設置されていないのが現状である。
 

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