ボトルチケット(中国語では芸術待用券)というシステムがある。自分が観劇するためではなく、ほかの誰かのためにチケットを購入するというシステムだ。購入したチケットは公演団体が管理し、観劇を希望する他の誰かが利用することができる。来月で結成25年を迎える児童劇の「紙風車劇団」の運営母体、紙風車文教基金会は、17日よりボトルチケットの申込みを受け付けることを明らかにした。
紙風車文教基金会の柯一正董事長(会長)は17日に行った記者会見でこう話した。現在同基金会の執行長を務める李永豊氏が10年前、台湾に319ある区・郷・鎮(村などの末端地方自治体に相当)で紙風車劇団の公演を行うという「紙風車319郷村児童芸術工程」の企画書を手にやって来て、台湾各地の子どもたちに無料で舞台を見てもらいたいと言ってきた。柯一正董事長はその頃、がんの治療中で化学療法が終わったばかりだった。計画書を見たときただ、これは不可能だと思った。しかし、「この病気だって治るかどうかなんて分からない。この計画も50回続くかどうか分からない。それならやってみよう」と決めた。
政府からの公的資金には頼らないと決めたため、団員たちは各地で頭を下げて資金集めに奔走した。門前払いを食うことも日常茶飯事だった。それでもこのプロジェクトは現在に至るまで続いている。国家戯劇院(ナショナルシアターホール)で上演できるレベルの演出を台湾の319の区・郷・鎮で行うという計画を、もう2回も行った。これまでに台湾各地で行った公演は638回。延べ140万人余りが観劇した。現在はその後続のプロジェクトである「台湾郷村卡車芸術工程」を実施中で、より多くのパフォーマンス団体に対して地方で公演を行うことを呼びかけている。そのエネルギーは驚くべきものがある。
今回、紙風車文教基金会が始めるボトルチケットというシステムも、地方の子どもたちに公演を見せたいという「分かち合い」と「ぬくもり」の精神の延長線上にある。とは言うものの柯一正董事長は「正直言って難易度は高い。楽観視はできない。しかし、期待は持っている」とその心境を吐露した。
「李永豊執行長の勇気には脱帽する。彼は劇団を、劇場から地方へと持ち出し、地方の子どもたちにも観劇の機会を与えたいと考えた。そして今度は、その全てを再び劇場へ持ち帰るという。しかしそれは、かつての試みと同じように分かち合いの精神の延長線上にある。私は、これは劇場の生命を継続させるための方法だと思う。もともとハードルが高い劇場を、よりフレンドリーで、より身近なものにすることになるだろう」と期待を寄せている。
しかし、ボトルチケットを使用するための条件はどう設定するのだろうか。せっかくの思いやりが、心無い人に使われることはないだろうか。スタッフの中には、そんな心配をする人たちもいたという。しかし、「不正利用を防ぐために、なぜあれこれと制限を設けなくてはいけないんだ」と李永豊執行長がこれを一蹴した。
柯一正董事長も「もしかしたら、お金に困っているわけでもないのに、誰かが購入してくれたボトルチケットを入手して劇場にやってくる人がいるかもしれない。しかし、それでもいいではないか。なぜなら私たちは、その人に芸術を体験する機会を与えることに成功したからだ。私たちの初心は善意によるものだ。つまり、愛と芸術を『分かち合う』ことなのだ。良いエネルギーを拡散すれば、良い循環を作り出すことができると信じている」と話す。
これについて柯一正董事長は、こんなエピソードを披露してくれた。舞台劇『人間条件』の公演を行ったときのこと。呉念真芸術監督に、ある人が「自分の父親は労働者で、国家戯劇院(ナショナルシアターホール)と国家音楽庁(ナショナルコンサートホール)の建設にも携わった。しかし、完成後に足を踏み入れたことは一度もないのです」というメッセージを送ってきたという。呉念真監督はその見知らぬ人と実際に会い、その父親を劇場に招待した。「劇場に足を運ぶ機会がない人はまだたくさんいる。もしかしたら、劇場に行くことが、彼らにとっては夢なのかもしれない。ボトルチケットというシステムを使って、もっと多くの人が劇場に親しみ、夢をかなえられたらと思う。そして、それに協力する能力を持った人が、機会を分かち合えるようなシステムになって欲しい」と柯一正董事長は話す。
紙風車劇団は11月に行う舞台劇『諸葛四郎』より、ボトルチケットを正式に運用する。観劇を希望する他の誰かのためにチケットを購入したいという人、または誰かが購入してくれたチケットを利用して観劇したいと希望する人は、劇団に電話(02-2392-6170)するか、または紙風車劇団の公式サイトで必要事項を入力すれば、申し込むことができる。なお、ボトルチケットの使用は1人2枚までとし、チケットを購入した人とチケットを使用する人のマッチングは劇団スタッフが行う。