廟宇に置かれたお供え物用の机。外壁、公園の滑り台や実家の床、階段、浴槽。こうした場所にはかつてみな「磨石子(テラゾー)」の装飾が施されていた記憶がある。台湾北部・台北市にある「迪化街207博物館(museum207)」が企画した「無所不在的芸術-台湾磨石子(いたるところにある芸術-台湾のテラゾー芸術」巡回展が27日より、同市の「松山文創園区(松山文化クリエイティブパーク)」の「芸異空間」で開かれている。テラゾーとは、砕石を白いセメントに混ぜて固め、磨いて作り上げる床や壁の仕上げのこと。
プリントアウトによる図柄の再現や動画の放映で、台湾各地に散らばる185種類のテラゾー工芸を紹介している。
日本占領時代に導入されたテラゾー建築の工法は当初、公共スペース、学校、廟宇に多く使用され、その後は生活や家屋の設計に大量に使われるようになった。神様の物語を描いたり、幸運を象徴したりする大型作品は廟宇に登場した。こうした作品は制作に数年かかり、多くの職人を廟宇に住みこませて作業してもらうことで出来上がった見事なものである。
一方、一般的な建築物で最もよく見られるのは幾何学模様のもの。また、幸運を象徴する生き生きとしたタンチョウや蝶、記念の意味を持たせた数字や文字、さらには店の商売に合わせた、自転車や雑貨、果物の模様などもある。これらの展示物で、参観者はテラゾーの芸術的な魅力を改めて認識すると共に、1950年代から1970年代における台湾の建築の記憶を思い起こすことにもなる。
台湾の建築物を研究している李乾朗教授は、テラゾーは一種の象嵌技法で、昔は皆、しばしば芸術家や美術の先生に図柄を描いてもらっていたと説明。図柄が決まると職人が途切れにくい銅線を折り曲げてその図柄を再現、続いてセメントと砕石、様々な鉱物でできた色の粉を混ぜ合わせて銅線の枠に注ぎ込んでいく。最後に何度も磨いて最終的な図案の色に仕上げる。
李乾朗教授は、「テラゾーは当時の芸術家と職人による完璧なコラボレーションだ。ただ、これらの人たちは埋没し、忘れ去られた人たちなのだ」と話す。李教授は、今回の展示会は台湾における建築の記憶をつなぎとめ、当時の職人たちに敬意を表すものだとその意義を指摘した。
松山文化クリエイティブパークでの同展示会は12月25日から2018年3月4日まで。台湾の歴史コレクター、高伝棋さんが収蔵する「テラゾーの浴槽」は幅140㎝、縦70㎝で、運ぶのには4人の屈強な男性が必要だったということ。