『アイアンマン』、『GODZILLA ゴジラ』、『ダークナイト ライジング』、『マン・オブ・スティール』など人気ハリウッド映画に登場するキャラクターの造形を手掛けた王孫杰(スティーブ・ワン)さんや楊積誠(エディ・ヤン)さんは、いずれもアメリカでSFXアーティストとして活躍する台湾系アメリカ人だ。
王孫杰さんは9歳まで台湾北部・台北市で育ち、その後、家族と共にアメリカに移民した。渡米したのはちょうどハロウィーンの時期で、あちこちでお化けやモンスターの作り物を目にした。これが王孫杰さんの怪獣好きに火をつけた。雑誌『Monsters』は、王孫杰さんにとって手放すことのできない愛読書となった。
見るだけでは物足りなくなった王孫杰さんは、雑誌の中のモンスターを参考に、母親の化粧品を持ち出し、自分の顔に見よう見まねでモンスターを描くようになった。そして次第に、自分で材料を調達しては、部屋にこもってモンスターを作るようにもなった。こうして少年時代の王孫杰さんは、学校に行くほかは、ほとんど自分の部屋にこもり、モンスター作りに精を出す日々を送った。
一方、楊積誠さんはアメリカで生まれ育った。両親はともに台湾出身だ。小さい頃から映画や、映画に出てくる特殊メイクが好きだった。中でもお気に入りはアメリカ映画『狼男アメリカン』(An American Werewolf in London、1981年)で、母親の化粧品を持ち出しては、自分の顔を使ってその特殊メイクをまねていた。
二人とも大学に進学する気がなかったため、高校卒業後はSFXアーティストとして腕を磨くことを決めた。とはいえ、両親にはなかなかそのことを受け入れてもらえなかったという。「大学に行きたくなかったというよりは、当時、どの大学の映画専攻も映画の撮り方を教えるだけで、自分が学びたかった特殊メイクなどの授業を開設していなかったんです」と王孫杰さんは語る。
こうして王孫杰さんと楊積誠さんは、大学へ進学せずに映画業界に飛び込んだ。そして、映画『エイリアン』の特殊メイクを手掛けたスタン・ウィンストンさん(故人)、アカデミー賞の「アカデミーメイクアップ賞」を7回受賞しているリック・ベッカーさん、アメリカの特殊メイクアーティストの父ともいえるディック・スミスさん(故人)らに師事した。
2人はこの世界でめきめきと頭角を現した。1990年公開、スティーヴン・スピルバーグ氏が製作総指揮を務めた『グレムリン2 新・種・誕・生』で、グレムリンの原型をデザインしたのが王孫杰さんである。インターネット・ムービー・データベース(IMDb)で検索してみると、王孫杰さんが特殊メイクを手掛けた映画は枚挙にいとまがない。代表的なものに『GODZILLA ゴジラ』や、『ブレイド』シリーズなどがある。
王孫杰さんが関わったのはハリウッド映画だけではない。フランスとドイツの合作映画『美女と野獣(La Belle et la Bête、2014年公開)』でも、王孫杰さんに声が掛かった。しかし、この映画を手掛けたクリストフ・ガンズ監督の好みは、ほかの映画監督とは一味違った。クリストフ・ガンズ監督が求める主人公は、人を驚かせるような容貌ではなく、多くの女性が「かっこいい」と感じ、そしてキスをしたいと思うような「野獣」だった。
楊積誠さんに声を掛けた映画監督もそうそうたる顔ぶれだ。クリストファー・ノーラン監督が手掛けた2012年公開の映画『ダークナイト ライジング』では、女優のアン・ハサウェイさんが演じるヒロイン「キャットウーマン」役の特殊メイクを任された。楊積誠さんは、メガネを猫の耳のように頭にのせてみた。クリストファー・ノーラン監督はそれを一目見ただけで「私が欲しかったのはそれだ」と言い、この案が即採用された。このほか、映画『アイアンマン』でロバートダウニーJr.が演じた主人公も、楊積誠さんの傑作の一つだ。
特殊メイクの世界で活躍する2人の台湾系アメリカ人は、お化けやモンスターを作ってハリウッドで名を挙げた。――と、ここで2人から訂正が入った。彼らが作ってきたのは、決してお化けやモンスターなどではなく、全身全霊をかけて作り上げた芸術品なのだと。「趣味にお金をつぎ込む人は多いけれど、自分たちは趣味でお金を稼いでいるんです。自分たちのプロの腕前に自信を持っています」と話す。
王孫杰さんと楊積誠さんの2人は、これからも特殊メイクの世界で作品作りに取り組む。特に、ハリウッド進出を果たした韓国のキム・ジウン監督とコラボして、「芸術級」のモンスターをさらに多く生み出していきたいと考えている。