2025/06/28

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「目くばせで意思を」、森思眼動はアイ・トラッキング技術で身障者に新たな生命を

2019/07/05
森思眼動(SENSE INNOVATION Co.,Ltd.)はそのアイ・トラッキング技術により、思うように行動できず、意思表示も難しい身体障害者に新たな生命をもたらしている。(台北市産業発展局サイトより)
森思眼動(SENSE INNOVATION Co.,Ltd.)はそのアイ・トラッキング技術により、思うように動けず、意思表示も難しい身体障害者に新たな生命をもたらしている。しかし、森思眼動のCEO、陳信至さんによれば、障害者たちをサポートすることになったのは「瓢箪から駒」だった。森思眼動が当初、アイ・トラッキングシステムを開発したのは消費行動の分析に役立てて電子商取引分野に進出することが目的だった。しかし、2015年、陳さんは筋萎縮性側索硬化症(ALS)に罹った友人を助けるため、人を呼ぶためのシステムを開発しているうちに身障者の分野に飛び込むことになり、森思眼動は現在のソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)へと変貌を遂げたのである。
 
視線による制御や入力の技術は以前からあったものの、大きな設備が必要だったり特定の機器以外は使用できなかったりする欠点があり、身障者をサポートするのに効果的ではなかった。家から出ることさえ困難な身障者にとっては、「あることは知っていても役に立たないもの」だったのだ。しかし現在、身障者や寝たきりの人、動くことの出来ない高齢者はパソコンのディスプレイの上に小さなセンサーを取り付けるだけで、目の動きを使ってパソコンを操作出来る。視線を移してパソコンをクリックし、ネットサーフィンや文字を自在に組み合わせることも可能なのである。
 
今年10歳で筋ジストロフィーの小寛くんは以前、意思表示が出来ないことから重度の知的障害だと判定されていた。しかし、アイ・トラッキング技術で文字を入力し、考えを伝えられるようになった。今では電子メールを送り、インターネットで日本の鉄道に関する動画を検索することも出来る。そして医師によって鑑定された新たな身体障害者カードも手にした。重度の知的障害というレッテルを取り外すことに成功したのである。
 
体に障害のある子どもたちの多くは、早期治療の段階で森思眼動の設備に触れ、より多くの生活能力を取り戻す。それでも陳信至さんは、アイ・トラッキング技術はあくまでサポート役に過ぎないと話す。最も重要なことはこのシステムによって子どもたちが新たな物事に触れられるようになること。そして障害を持つ子どもたちが教室の後ろの方にいるのではなく、自らの選択権を取り戻し、学習の現場に加われることなのである。
 
重度の障害を持つ人たちは政府からの補助や家族のサポートが無ければ生きていけないのだろうか。陳信至さんはそうは思わない。多くの身体障害者は体が制限されているだけ、意思の疎通が難しいだけで、大脳が学ぼうとする意欲とその成長は無限の可能性に満ちている。大人の重度障害者の生活を大きく変えようと、森思眼動は2018年より、台北市(台湾北部)の労働力重建(=再建)運用処と協力し、身障者のための職業訓練を行っている。遠隔授業により、全世界から放置されていたかのようなこれらの人たちに自分たちの居場所を見つけさせるのだ。森思眼動ではこうした「学生」たちに器材を無償で貸し出しているほか、スタッフを身障者の家庭に派遣して、使用者の習熟度の把握にも努めている。陳さんは、実際に身障者と触れ合ってこそ彼らの出来ること、彼らが必要としていることが理解できるのであり、さらには彼らには想像以上に学ぶ力があることに気付かされるのだと話している。
 
2018年第1期のカリキュラムは主にソーシャルメディアを使ったマーケティング、ホームページデザイン、写真の加工、ネットショッピングのプロセスにおけるアカウントの設定、そして職場での文化的トレーニングなどで、こうした訓練を通じて「学生」たちが自宅で仕事の依頼を受け、職業を持てる力を養うのが目的である。
 
24歳の端育さんは筋ジストロフィーで長く苦しんできた。しかし、森思眼動によるサポートの下、アイ・トラッキング技術を使った画像加工ソフトの操作を習得、顧客からの注文を受けることで社会に加わっている。陳信至さんが端育さんの作品を広告会社に見せると、その会社は端育さんの状況を知らないままで彼の作品を採用した。端育さんの作品が大変成熟していたことの証である。その後、端育さんが障害者であることを知り、全ての人たちは衝撃を受けたという。
 
世界が高齢化に向かう中、森思眼動の技術は日常生活動作能力を失ったり、寝たきりになったりした高齢者にも新たな活力を与えている。退行する疾患の高齢者は、症状が初期の段階においては意思疎通に問題は無いかもしれない。しかし、中期に入るとその影響は意思疎通能力へと及び、意思表示が難しくなる。家族がその意思を理解できなくなると、お年寄りは最後まで話すことをやめ、途中で目を伏せて涙するようになる。そして最後は、意志の疎通を完全にあきらめてしまうのである。
 
森思眼動はこうしたお年寄り向けの新たなリハビリを提唱する。リハビリは四肢にとどまるべきでないし、高齢者の多くは味気ないリハビリの過程で自信を失っていくからだ。アイ・トラッキング技術を使い、高齢者に明確な意思表示をさせられれば、「人に理解してもらえた」という気持ちがより大きな原動力となり、そのお年寄りは別の物事にも励めるのではないか。
 
脳幹出血を起こした張おじさんは87歳。ベッド暮らしで10年が過ぎた。脳幹出血は張おじさんの認知能力に影響していなかったが、意思疎通能力が長期にわたって失われたことで、家族と一緒にいても「他人」のような状況を作り出していた。しかし子どもたちは父親が何を話したいのかを知りたがった。森思眼動のアイ・トラッキング技術のトレーニングにより、張おじさんはかつて自分が興味を持っていたことを選び、テニスを見たり、娘が楽器を演奏するのを眺めたり、孫の近況を伝える映像を見たりするようになった。それぞれの時間は長くないが、家族は再び父親と交流出来るようになったことがとてもうれしかった。
 
重度、極端に重度な身体障害者のサポートに取り組み始めた頃を思い出し、陳信至さんは、「自分が選んだ道ではない。選ばれてこの市場に加わったんだ」と笑う。陳さんはあくまで「自発的にではなく受け身だった」と謙遜するが、今、森思眼動は障害者を支援するサービスに全力を注いでおり、今年は第10回アジア・ソーシャル・イノベーション・アワードとアジア太平洋社会的企業フォーラムにおける審査員特別賞を相次いで受賞した。陳さんが言う「お金もうけのための会社」は、力強い社会的企業へと成長した。陳さんは今になってもこれでよかったのかどうか分からないとしながら、「達成感をもうけたってことかな」とつぶやいた。
 
 

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