創作台湾料理レストラン「RAW」(台北市楽群三路301号)は、「ミシュランガイド台北」2018年版での1つ星獲得に続き、2019年版で2つ星を獲得した。多くの人が「RAW」と聞いて連想するのは、オーナーシェフの江振誠(André Chiang)さんの名前だろう。しかし、実際にはこの数年間、第一線に立って「RAW」を支えてきたのは、シェフである黄以倫(Alain)さんに他ならない。昨年秋から「RAW」では、食材の発掘、メニューの開発から現場での指揮に至るまで、すべての作業を黄さんが担当している。メニューの最終決定権を持つのはいまでもオーナーシェフの江振誠さんだが、今年4月に発売された「ミシュランガイド台北」2019年版での2つ星獲得は、もはや江振誠さんの「七光り」ではなく、黄さんが拍手喝采を受けるにふさわしい実力を備えていることを証明するものだった。
「アンドレ(江振誠さんのこと)の『七光り』をプレッシャーに感じたことは有りません。お客さんがアンドレの名前を見て、ある種の期待を抱くことは当然知っています。しかし私には、彼らの期待に到達するだけの、あるいはそれを超えるだけの実力が必要です」―オーナーシェフの人気は、振り払うことができない影と見なすことも、自分を励ます力と見なすこともできると黄さんは話す。黄さんが選んだのはその後者だった。
それでも、完璧であることを前にして、焦る気持ちが募るのは日常茶飯事だという。「いつでも自分を準備万端の状態、あるいはイベントがまもなく始まるような状態にしています」と話す黄さん。厨房に入る前にはイヤホンをして、テンポの速い音楽を繰り返し聞きながら、スピーディなリズムに自分を乗せるという。
「RAW」の定休日は毎週月曜と火曜だ。休みの日も黄さんは朝早くに出かけ、台湾のあちこちを訪ね歩く。産地を訪ね、食材を探し、そして次のシーズンのメニューについて考える。「台湾にしかないものを、どうやったら世界中の人に知ってもらえるか。これはいま、私が最も興味を持っていることです。夏に好まれる食材といえばホワイトアスパラですが、私はこれを冬瓜(トウガン)やタロイモに変えてみます。そして、ほかとは違う創作料理に挑戦するのです」と語る。
仕事にのめり込みすぎて、家族の不満を引き起こすこともよくある。「最悪だったのは今年5月のことです。あの月はほとんど仕事をしていて、1日しか休みませんでした。母の誕生日も母の日も、母と一緒に過ごすことが出来ませんでした。夜になって思い出しましたが、スマホのメッセージすら送りませんでした。母は当然ながらご機嫌斜めでしたよ」と黄さん。機転を利かせた彼は、厨房のスタッフを集めて緊急会議を開いた。そしてスタッフたちに対して「毎日ここで君たちと十何時間も過ごしているから、君たちは僕の家族も同様だ。だから、僕の家族のことは、皆で一緒に解決しよう」と話した。そして店内にあったメニュー表に、一人ずつ「対不起(=ごめんなさい)」と書いて、黄さんの母親にプレゼントしたのだという。「これしか思いつかなかったものですから」と黄さんは照れ臭そうにこのエピソードを披露してくれた。
黄さんは台湾南部・高雄市の学校で調理を学んだあと、自分の貯金と意思だけを頼りに、スウェーデンやフランスに渡り、腕を磨いた。そしてコツコツと苦行僧のように経験を積み上げていった。「フランスに渡ったときは給料ももらえず、貯金を崩しながら生活しました。だから非常に気を付けて、予算を組むようにしました。台湾から持ってきたカップラーメンにまで日付を書いて、その日付が来たら食べてもいい、多く食べ過ぎてしまったら翌日は食べるものがない、という暮らしをしていました」と話す。
給料は出なかったが、毎日の暮らしは楽しかった。新たな食材にしても、技術にしても、毎日のように新しいことが学べたからだ。ときには、いつもより一杯多く水をサーブできただけでも、前日よりも進歩したと感じることが出来た。こうした達成感が、毎日のように増えていった。
当時は自分をゼロにリセットして学んだ。そして2014年、江振誠さんの誘いを受けて、台湾に戻り、一緒に「RAW」を立ち上げることになった。黄さんは瞬く間に実力を発揮し、内装や動線から厨房の企画まで、二人で意見を出し合って現在の様子を作り上げた。
次のシーズンのメニューを考える時期になると、毎日のように店で寝泊まりするのが常態になっている。「以前、RAWの設計図に従業員のシャワー室が描かれているのを見て、誰がこんなんものを使うのだろうと思っていたのですが、結果として自分が一番多く使っていました」と笑う。しかし、あまりに仕事に没頭しすぎて、私生活ではいろいろな問題もあるようだ。読む本といったらすべて料理の本だ。自宅の光熱費を払わなければならないことを知ったのも、つい最近のことだった。「会社やレストランだけが払うものだと思っていたんです。税金の確定申告も、最近になって知りました。父親に叱られましたよ」と言う。
「この仕事について疑問を持たないわけではありません。特に昨年、アジアのベストレストランの順位は良いものではありませんでした。それは自分の問題ではないかと考えました。自分に対してたくさんの疑問を持つようになりました。今年のミシュランガイドで2つ星を獲得してから、少し落ち着きました。でも、プレッシャーは以前より大きくなったように感じています」と話す。
最後に黄さんはこう話してくれた。――「料理を作るということは、私が唯一、集中してできることです。もしもある日、リラックスした状態で、いつも以上の料理を作ることができたなら、ようやく自分が本当に成功したと感じることができるでしょう」