台湾の農民たちは、秋の稲刈りから春の田植えまでの期間を利用し、農地で野菜を栽培する。生長が早く旧正月期間に収穫できるからし菜(中国語では芥菜。日本のものより肉厚なのが特徴)は、客家(台湾第二のエスニックグループ)の人々や山間地に住む農家たちがこの期間に好んで植える野菜の一つだ。収穫したばかりの新鮮なからし菜を、客家の人々は大量に漬け込み、「酸菜」、「福菜」、「梅干菜」などにして長期間保存する。ところで、これらの漬物、どれも同じからし菜から作られるのだが、何が違うかご存知だろうか?
■芥菜(別名:刈菜、長年菜)
からし菜(芥菜)は稲刈りが終わった田んぼに種を播いて育てる。高さ20~30センチメートルほどに育つと収穫し、調理して食べるか、塩漬けにして「酸菜」にする。からし菜は通常、秋から冬にかけて収穫する。旧正月のころに収穫するからし菜は縁起が良く、福をもたらすということで「長年菜」とも呼ばれる。
「酸菜」、「福菜」、「梅干菜」―これらはいずれも、からし菜の「漬物家族」だ。しかし、漬け込む時間の長さによって名前が違う。台湾北部・桃園市龍潭区大北坑街にある客家料理店「大江屋」の江増偉さんは、客家料理であるからし菜の漬物と、その作り方や漬け込む時間の違いについて、分かりやすい説明方法を思いついた。それはつまり、収穫したばかりのからし菜を大量に漬け込む「酸菜」を「おじいちゃん」とすると、「福菜」は「息子」、「梅干菜」は「孫」だというもの。客家漬物の原料となるからし菜は、つまり「ひいおじいちゃん」というわけだ。
■酸菜(鹹菜)
収穫したばかりのからし菜を、天日で1~2日ほど干して柔らかくし、次に粗塩で揉み込む。木の樽か甕(かめ)の中に、間に塩を敷きながらからし菜を重ねていく。最後に重石を置き、7日ほど漬け込むと「酸菜(あるいは鹹菜)」の出来上がりだ。
■福菜(覆菜)
大量に塩漬けした「酸菜」をしばらく放置していると黒ずみ、カビが生え、酸っぱくなってしまう。まだ真空パックや冷蔵技術が発達していなかったとき、客家の人々は知恵を絞り、余った「酸菜」を細長く裂き、さらに塩を振り、さお竹で陰干ししたり、地面に置いて日干ししたりした。まだすべて乾燥しきっておらず、いくらか水分が残っている状態で、これを箸でつまんで酒瓶などのガラス瓶や甕の中にぎっしりと詰め込み、3~6か月保存する。こうしてできるのが「福菜(覆菜)」だ。
空きビンに詰め込み、密封保存した「酸菜」にはいくらか水分が残っている。このため客家の人々は、「福菜」を作るときはビンをさかさまに立てて保存する。客家語では「さかさまに立てる」という意味の言葉(標準中国語では「倒放」)を「ピオウ(覆)」と言うことから「覆菜」の名が付いた。
「覆菜」が「福菜」になったのには2つの説がある。蒋経国元総統が客家の村を視察に訪れた際、「覆菜」を使った料理に舌鼓を打ち、なんという名前かと尋ねた。「覆菜」という名前だと知った蒋経国元総統は、こんなにおいしい食材にそれは相応しくないと考えた。そして、これは「福気(=幸運)」のある人しか食べられないものだから、今後は「福菜」と呼ぶべきだと語った、というものだ。
客家の高齢者たちが伝えるもう一つの説はこうだ。ビンや甕の中に保存する「酸菜」は、旧正月や野菜不足となる冬の時期、ワイヤーなどを使って一本ずつ取り出し、少しずつ食べる。旧正月前になると、どの家も「春聯」と呼ばれる縁起の良い言葉を書いた赤い紙を張り出す。また、「福」や「春」の漢字を書いた赤い紙をさかさまにして窓に貼る風習がある。「福」や「春」の文字をさかさまにすることには、「福」や「春」が「到来」するという意味がある(標準中国語で「到」と「倒」の発音は同じ)。このため、さかさまに立てたビンも同じように考え、「福菜」と呼ぶようになったという。
■梅干菜(鹹菜乾)
「酸菜」をさらに漬け込んで「福菜」にする場合、たいていはからし菜の茎の固い部分を選ぶ。しかし、柔らかい葉の部分も捨てて無駄にするわけにはいかない。引き続き天日で干し、完全に乾燥させる。それをぐるぐる巻きにしたものが「梅干菜(あるいは鹹菜乾)」である。完全に水分がなくなるまで日干ししたからし菜は、さらに長く保存することができる。しかも、塩漬けにして水分が抜けきるまで干したからし菜は、独特の香り、甘み、そして甘酸っぱさを感じるため「梅干し」を連想する人が多い。このため「梅干菜」の名前が付いた。決して「梅干し」が入っているわけではない。
こちらも名前の由来には、もう一つの説がある。中国大陸・広東省梅県には客家の人々が多く住む。そこでも、からし菜の漬物「鹹菜乾」が作られており、広東省に住む客家人はこれを「梅菜乾」と呼んでいた。しかし、料理本などでは分かりやすく表記するため、「鹹菜乾」と豚ばら肉に角煮を使った客家料理を「梅干扣肉」と記載することが多く、その名前が長く使われているうちに「梅菜乾」は「梅干菜」と呼ばれるようになったという。
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「酸菜」、「福菜」、「梅干菜」を使った料理はバラエティに富んでいる。「酸菜」とアヒルなどの肉、ブタの胃袋を煮込んだ料理は、煮込めば煮込むほど味が出る。「酸菜炒牛肉絲」は台湾の中華調理師免許「乙級」試験で出題される課題料理の一つだ。
「酸菜」を細切りにしてひき肉と混ぜ合わせて作る肉まんは「酸菜包子」と呼ばれる。また、台湾式ハンバーガー「刈包」や台湾式おにぎり「飯糰」も、「酸菜」を少し加えるだけで美味しさが増す。牛肉麵の専門店には、必ず大盛りの「酸菜」が用意されている。牛肉麵を食べるときに「酸菜」は欠かせないからだ。ほかにも客家料理の「梅干扣肉」、「苦瓜封(=白苦瓜の肉詰め)」、「酸菜焼鴨(=酸菜とカモ肉の煮込み料理)」、「清蒸福菜丸子(=福菜を使って作った大きな肉団子を蒸した料理)」など、いずれも客家の漬物が味を引き立て、食欲を刺激する重要な役目を担っている。