ユーモアとは人類特有の高度な心理及び感情のプロセスである。国立台湾師範大学の陳学志教授が率いる研究チーム(国立台湾師範大学の呉清麟助理教授、張雨霖助理教授、私立中国文化大学の邱発忠教授、国立清華大学の詹雨臻副教授、私立輔仁大学の林耀南副教授)は、科技部(日本の文部科学省に類似)の経費助成を受け、ユーモアの研究に長期的に取り組んできた。世界25カ国・地域の研究チームとの多国籍調査の結果、「ユーモアのあるジョークを使っている」という自覚を持つ人の割合が、台湾は平均よりやや下の15位にとどまることが分かった。
この研究はアンケート調査、量化(ポイント)制による評価、及び科技部の磁気共鳴機能画像法(fMRI)などの使用に加え、認知や文化的な観点を統合し、国際間で使える最も完全なユーモアスタイル理論を確立したもの。ユーモアスタイルに応じた脳の働きと文化の差異を探ると同時に、アスペルガー症候群(広い意味での自閉症に含まれるひとつのタイプ)の児童のユーモアスタイルを育てるためにもこの研究成果を応用した。ユーモア理論の確立と応用への台湾の貢献を際立たせた研究と言える。
陳学志教授が代表を務める研究チームは、世界24カ国・地域の研究チームと協力し、世界7,226名を対象に多国籍調査を行った。その結果、「ユーモアのあるジョークを使っている」という自覚を持つ人の割合が最も多いのはイタリアで、台湾は全体の15位にとどまることが分かった。
ユーモアスタイルをポジティブユーモアとネガティブユーモアに分けた場合、「ポジティブユーモアのあるジョークを使っている」という自覚を持つ人の割合が最も高いのはスペインとニュージーランドだった。一方、攻撃性を持つ「ネガティブユーモアのあるジョークを使っている」という自覚を持つ人の割合が最も高いのはインドとチリだった。また、台湾はユーモアに対する自覚の性差が最も大きく、ユーモアの自覚がある男性は女性より多かった。しかし、ユーモアスタイルについては批判や攻撃性を含むネガティブユーモアを使用する傾向が多いことが分かった。
台湾の研究チームはまた、台湾人向けの繁体字中国語版「ユーモアスタイル質問表」を作成し、ユーモアの種類を「親和的(他人に対する/ポジティブ)」、「自己高揚的(自分に対する/ポジティブ)」、「攻撃的(他人に対する/ネガティブ)」、「自虐的(自分に対する/ネガティブ)」の4種類に分けた。
その結果、台湾では男性のほうが、女性に比べて「攻撃的」、「自己高揚的」なユーモアを使用する傾向が高いことが分かった。さらに研究を進めた結果、女性が「攻撃的」、「自己高揚的」なユーモアを使用するのが少ない理由の一部は、女性が他人の立場になってものを考え、他人に共感を持つ心理を持っているからであることが分かった。
また、239組の夫婦を対象に調査を行ったところ、夫婦の一方が「ポジティブ」なユーモアスタイルを持っている場合、もう一方のユーモアスタイルは「ポジティブ」でも「ネガティブ」でもありうるが、一方が「攻撃的」あるいは「自虐的」なユーモアを使う場合、もう一方もそれと類似した、非補完的な「ネガティブ」なユーモアスタイルを持つ傾向にあることが分かった。特に夫婦の一方が「攻撃的ユーモア」を使用する場合、もう一方はそれを我慢して「自虐的ユーモア」で対応することはありえず、「歯には歯を」の精神で同様に「攻撃的ユーモア」を使用するケースが多いことが分かった。
さらに、「ポジティブユーモア(つまり「親和的」、「自己高揚的」)」は個人の心身の健康や対人関係と正の相関性を持つことが分かった。一方、「攻撃的」なユーモアスタイルは、これらと負の相関性を持つ。こうした結果は西洋の研究成果と類似しているが、その中で台湾の研究チームは東西文化の差にも着目した。
例えば欧米の研究ではこれまで、「自虐的ユーモア」は「ネガティブ」なユーモアスタイルと見られてきたが、台湾の研究においては欧米社会のように心身の健康にマイナスの効果があるという見方ばかりではないことが分かった。「自虐的ユーモア」は自尊心と負の相関があるものの、思いやりの気持ちとは正の相関があることが分かった。これはおそらく、他人を尊重し、自分が謙虚になるという考えや、対人関係で調和を重視する華人社会と関係がある可能性がある。
この可能性を実証するため、研究チームは磁気共鳴機能画像法(fMRI)を使用して、調査参加者が4種類のユーモアの語句を目で見たときの脳の活動を調べることにした。その結果、対人関係にプラスの効果がある「親和的ユーモア」、あるいは「自虐的ユーモア」による刺激を受けた際、大脳皮質の活動が最も活発になることが分かった。この研究結果は、基礎的な脳神経活動というアプローチから、ユーモアに対する文化的差異の実証に有利な証拠を提供し、国際ジャーナルでも高く注目された。
このほか、一般にアスペルガー症候群の児童はユーモアセンスが欠乏していると言われる。こうした児童が「攻撃的」及び「自虐的」ユーモアを使用する程度は一般児童と大差がないが、2種類のポジティブユーモア(「親和的」と「自己高揚的」)については、一般児童に比べて使用度が大きく下回る。これは、アスペルガー症候群の児童がユーモアを使えないのではなく、どうしたら適切なシーンでユーモアを使えるかを知らないからである。そこで陳学志教授のチームは、解説、観察、体験、ロールプレイングなどを通して、ポジティブユーモアの能力を強化するプログラムをデザインし、アスペルガー症候群の児童向けに短期レッスンを施した。その結果、参加者は「親和的ユーモア」を使用する回数が明らかに増えた。
研究チームはさらに、磁気共鳴機能画像法(fMRI)を使った拡散テンソル画像(Diffusion tensor imaging : DTI)から、大脳白質のネットワーク連結と、異なるユーモアスタイルの使用傾向の関係について観察した。その結果、「不道徳」な攻撃型ユーモアを使用する傾向がある人は、開放的な思考をつかさどる大脳部分の神経回路の効率が欠乏しているがために、考え方や視野を比較的「親和的」なユーモアスタイルに変更するのが難しいことが分かった。この研究結果は、「攻撃型」なユーモアスタイルについて、神経生理の分野から実証的な証拠を提供した。児童による「攻撃的ユーモア」の使用を減らすための教育にヒントを与えるもので、海外の心理学研究者に重視されている。
台湾の研究チームは今後も包括的な観点からユーモアの研究に取り組みたいとしている。例えば台湾先住民族が持つユーモアの優位性を明らかにした上で、この優位性を活かした教育を施し、先住民族の児童たちがそれをその他の分野に活かせるようにしたい考え。