台湾における中国研究は、「匪情研究(=中国共産党に関する情勢研究)」から始まり、現在のように地域研究の一環となるまで50年以上の歴史を持つ。近年は積極的に、海外の中国研究と足並みをそろえるようになっている。
台湾北部・台北市文山区にある国立政治大学に東亜研究所(=東アジア研究所。研究所は修士・博士課程を含めた大学院の意味)が誕生したのは1968年のこと。当時総統だった蒋介石氏の指示を受け、「中華民国国際関係研究所」との協力で設置された。目標とするのは、反共主義思想を持つ人材を育成すること。これが台湾における中国研究の始まりであり、拠点となった。
政治大学東亜研究所は21日、開所51周年を記念して新刊書籍『従一所看一学科-政大東亜所與台湾的中国大陸研究』の出版記者会見を開催し、台湾における中国研究の始まりと方向転換の歴史を振り返った。
台湾の最高学術研究機関(国立アカデミー)に相当する中央研究院の院士(フェロー)であり、中央研究院政治学研究所の特聘研究員でもある呉玉山氏はこの記者会見で、「台湾における中国研究は当初、情報、国家安全、国防機関のニーズに応えるためのものだったが、人材不足を回避するため、情報学から学術研究へと徐々に転換を図っていた」と説明した。
こうした流れの中で、政治大学東亜研究所と国際関係研究中心が設置された。台湾独自の知識を、アカデミックなものにすることで深みを持たせ、学術という形式によって、台湾の洞察力を世界各国に知らしめようとした。
かつては国家安全や情報機関と切っても切れない関係にあったが、台湾の民主化、国際関係や両岸関係(台湾と中国の関係)の変化に伴い、東亜研究所も方向転換を進めていった。まさに「周雖旧邦、其命維新(周は旧邦なりといえども、その命これ新たなり)」という言葉の通り、東亜研究所も誕生から半世紀以上が過ぎ、変化を受け入れつつも、その使命は以前と同様に重要なものとなっている。
東亜研究所の開所当初の教員の中には、中国共産党の活動に実際に参加した経験を持つ者も少なくなかった。例えば郭華倫氏は、かつて中国共産党中央秘書長を務め、1935年1月に開かれた「遵義会議」にも出席している。また、1980年代末になると、国際的な学術研究活動の経験を持つ学者が、同研究所に新たな風を吹き込むようになった。学術的理論を持った研究のアプローチがもたらされ、これまで一元的だった中国研究が多元的なものに変化していった。
政治大学国際関係中心の寇健文主任によると、50年余りの紆余曲折を経た台湾の中国研究は、いままさに国際化を進めているところだ。国際関係中心が発起した「当代中国研究国際聯盟(International Consortium on Contemporary China Studies)」は今年11月、世界三大陸の研究機関と備忘録(MOU)を締結。今後は米国、カナダ、オーストラリア、日本、台湾における近代中国研究のエネルギーを取りまとめる役割を果たしている。