2025/05/10

Taiwan Today

文化・社会

新型コロナで打撃の老舗料理店「天厨菜館」、馴染み客が経営支える

2020/04/17
台北市で北京ダック(写真)の名店として知られる「天厨菜館」。新型コロナウイルスの影響で経営が行き詰まっていたが、古くからの馴染み客による応援を受けて息を吹き返した。この危機を乗り越えられるかが注目されている。(天厨菜館のフェイスブックより)
新型コロナウイルスの感染拡大によって人とカネの流れが断たれたことで、台湾では老舗ホテルやレストランの廃業や休業が相次いでいる。台湾北部・台北市を対象にしたミシュランガイド(ミシュランガイド台北)の格付けで2年連続1つ星を獲得したレストラン「大三元酒楼」も4月1日から5月末まで一時休業中だ。
 
1971年創業のレストラン「天厨菜館」は台北メトロ(MRI)中山駅から歩いてすぐのところにある。台北市で長い歴史を持つ「北方菜」(北京料理など中国大陸北方の料理)のレストランだ。ここでは荷葉餅(小麦粉を練った生地を焼いたもの。北京ダックの皮)と合わせた「北平烤鴨」(北京ダック)、「翡翠子排」(豚の骨付きあばら肉を炒めた上で香料と共に煮た料理)、「三鮮蒸餃」(蒸しギョウザ)、「鮮豆鶏絲」(鶏肉の細切りとえんどう豆の炒めもの)、手作りの「炸醤麺」(ジャージャーメン)などの料理とデザートが楽しめる。また台湾でここでしか味わえない満州料理「尼罕寧黙哈庫它」(牛の胃袋と魚の浮き袋の煮物)があることでも知られる。歴史を物語る雰囲気にあふれた店内には長い年月の痕跡や書画、そして数多くのエピソードがちりばめられている。多くの客に愛されてきたほか、政財界の大物や有名人も訪れる名店である。
 
しかし新型コロナウイルスの広がりに加え、人が集まることへの制限やソーシャルディスタンス(社会的距離)の保持といった要求は飲食業に深刻な影響を与えている。「天厨菜館」の売上げも今年2月以降は約9割も減少した。従来3階と4階だった営業スペースを4階だけに縮小するなどして対応したが、結局内部で話し合った末、4月16日から2カ月間休業することに決めた。
 
「一番ひどかった日の売上げはたった1万台湾元(約3万5,500日本円)あまりだったよ」と、このレストランで総経理(支配人)を務める陳虎符さんは嘆く。新型コロナウイルスの感染が始まると業績はみるみる落ち込んだ。それまでは1回の食事どきごとに20卓あまりの客が来店、1日の売上げは20万台湾元(約71万日本円)前後に達し、たとえ閑散期でも10万台湾元(約35万5,000日本円)程度は稼げたという。それが旧正月明けに新型コロナウイルスが広がり始めると、売上げはなだれのように落ち込んだ。食事どきでも2、3卓しか埋まらず、1卓につく客も2、3人という有様だった。売上げの最も悪かった日はわずか1万台湾元あまり。しかし1カ月の支出は職員の給与だけで300万台湾元(約1,062万日本円)。さらに水道光熱費、店の家賃も支払わねばならず経営は行き詰まった。
 
決定したのは廃業ではなく、あくまで新型コロナウイルスを乗り切るまでの一時休業だったが、休業の知らせが伝わると、店の電話は客からの問い合わせで鳴りっぱなしになった。いずれも「店を閉めないでくれ」という声で、古くからの馴染みの客たちからは、「おまえのところが店を閉めたら、どこで食事をすればいいんだ」と問い詰められ、さらには「カネが足らないのか?ならウチにあるから!」と、難局を乗り切れるよう資金援助を申し出る客までいたという。4月6日正午の食事どき、わずか3卓だった客はニュースが伝わった翌7日には20卓あまりに膨れ上がった。それだけではない。馴染み客たちは相次いで電話で週末の食事も予約。具体的な行動で「天厨菜館」を支えようとしたのである。陳虎符さんは、その日の売上げは過去2カ月で最も多かったと明かしている。
 
雷美玲さんは「天厨菜館」に勤務して43年のベテランスタッフだ。一時は1卓の客もおらず、店のまかないを食べることさえ気が引けたというが、ここ数日の盛況ぶりに感激している。陳虎符さんも、この大変な時期に馴染みの客が大勢で「天厨菜館」を支えようとしてくれていることに誇りを感じ、深く感動していると話す。7日以降はこうした客たちが「戻ってきた」ことで、看板料理の北京ダックが売り切れることさえあった。客たちのサポートのみならず、店員たちの心意気も「天厨菜館」を支えている。店員たちは厳しい経営環境を理解し、無給休暇(無給での自宅待機)や減俸などで店を助けようとしている。雷美玲さんは、「店員はみな店を家族のように思っている。だから最初に休業を発表する時は本当につらかった。眠れずに泣いていた者もいた。でもお客さんが戻ってきてくれて店にも活気が感じられるようになった。ウイルスの状況はまだ先が見えないけれど、またがんばってみようと思う」と話している。
 
「天厨菜館」では多くの馴染み客からの応援を受けた7日、改めて政府の支援措置を検討した結果、一時休業することによって70名あまりの職員が突然経済的な支えを失うことが分かり、休業を急遽取り消して営業を続けることを発表した。陳虎符さんは、今回の新型コロナウイルスの感染は2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の時と異なり、全く見通せないとしながらも、「職員と古くからの客のためにやってみるしかない。この難局を1日も早く乗り越えたい」と決意を新たにしている。
 
長い歴史を持つ、この中国大陸北方料理のレストランにあるのは有名な料理だけではない。そこではあなたの家のお年寄りと同じぐらいのおばさんやおじさんが働いている。世界の美食が何でもそろっている台北市にとって、おいしいレストランが1軒消えてもそれは料理が1つ無くなるだけのこと。しかし「天厨菜館」が無くなることは、青春の大半と情熱を全てここに注いできたこれらスタッフにとっては命の一部が欠けてしまうかのような苦痛なのだ。
 
ベテランスタッフの雷美玲さんは大きな声で同僚たちに、「早く食べておしまい。夜の営業時間にはまたがんばるのよ!」と怒鳴る。「こんなにがんばるのは久しぶりでしょう?」とからかうと、雷さんは、「がんばってもいいでしょ?ここ何カ月かでこの数日が一番忙しいんだから。いいじゃない!」と言ってマスクの上の両目でうれしそうに笑った。
 
 

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