日曜日、それは台湾で働き、休みを取ることが可能な少数の外国人労働者がほっと一息つくことができる貴重な時間だ。台湾北部・台北駅にある台北駅1階の大ホールには大勢のインドネシア人労働者が集まり、床に座り込んで同胞とのおしゃべりを楽しむ。エアコンが入っていて快適だし、床は清潔で駅の近くには多くのインドネシア料理店もある。
交通部鉄路管理局は今年2月末、新型コロナウイルス対策として台北駅1階大ホールでの座り込みとイベントの開催を当面禁止すると発表した。5月18日には交通部鉄路管理局が今後も大ホールの使用を制限することを検討していると報道された。これは賛否両論を呼んだ。現在のところ交通部は大ホールの使用を解禁する考えを示しており、近く新たな規定が発表される見通しだ。
台北駅大ホールに集まる人たちは同じように見えるが、実は違っている。誰もが似ているようで似ていない何かを持っている。それこそが、ここに集まって座り込まなければならない理由なのだ。
■黒いタイルに座って台湾にいることをしばし忘れる
日曜に台北駅大ホールに来たことがある人なら、おそらく気が付いただろう。ここに座り込む外国人労働者の多くは、白と黒のモザイクタイルのうち、黒い部分にばかり座っているのだ。この傾向は台湾人も同じだ。インドネシア人の友人に聞いたところによると、黒のタイルに座るほうが安心するからだという。なぜなら黒は目立つ色ではないからだ。
日曜になると台北駅には大勢のインドネシア人労働者たちのグループが集まる。台北駅は、台北における最も重要な交通の要所であり、労働者たちは休みさえ取れればここに来る。なぜならここは、誰かと合うのに最も便利な場所だからだ。
台湾で働く労働者たちにとって、休みを取るということは容易なことではない。台北駅に集まることができる労働者は、実は休みを取ることができる数少ない、そして幸運な労働者たちなのだ。休めることは幸運なこと。だからたまには仕事と休みの「中間」をとることもある。台北駅でよく見かけるのは台湾人家庭で介護の仕事をする外国人労働者だが、彼女たちは休みが取れたとしても、家に置いたままの高齢者のことが心配だったりする。だから、介護が必要なおじいさんやおばあさんを車いすに乗せて台北駅にやって来ることもある。休みの日にも、高齢者を車いすに乗せて台北駅までやって来る労働者たちは、車いすを推してバス、MRT(メトロ)、列車、台湾高速鉄道などを利用する方法をよく知っている。高齢者のほうも、外に出られてまんざらではない様子だ。ラマダン明けのときなどは、車いすのおばあさんもスカーフを頭に巻いて「コスプレ」し、笑みを浮かべている。
■インドネシア人労働者のインスタ映えスポット
台湾で働くインドネシア人にとって、最も重要なことと言えば台北駅で自撮りをすることだ。人気の撮影スポットは、なぜか台北駅の外に展示されている蒸気機関車のレプリカだ。インドネシア人労働者が言うところの台湾での「must-do(=To Doリストの意味)」の一つにも挙げられている。面白いことに、彼らはこの蒸気機関車のことをインドネシア語で「Kereta mati」と呼ぶ。翻訳すると「死んだ列車」という意味だ。ウソだと思うのならインスタでハッシュタグを付けて「#keretamati」で検索してみるといい。いろんな角度から撮影された、あるいはセルフィーの背景として収まっている蒸気機関車の写真が出てくるだろう。
もし、その日が給料日後の最初の日曜、つまり「Big Sunday」であったなら、大ホールは白いタイルのところまでインドネシア人労働者であふれかえる。そして、だいたい5人に2人くらいの割合で、スマホを片手にビデオ通話をしている。
彼らの多くは、こうしたビデオ通話をするのは、家族に台湾がどれだけ良いところかを伝えるためだと話す。しかし、実際のところビデオ通話を行うのは、ある種のつながりを感じるためなのだ。ビデオ通話の世界で、彼らは自由自在に母語を使い、スムーズに呼吸することができるのだ。
■公共の空間で行われるさまざまな文化活動
インドネシア人たちは地べたに座る文化を持つ。それにもう一つ、友達と会うときに欠かせないのが「Makan(=食べる)」ことだ。台北駅で友達と会うインドネシア人労働者の中には、ピクニックシートを持参したり、またはゴミ袋を切って地面に敷いたりする人もいる。またバッグの中には大きなティッシュ、ウエットティッシュ、ゴミ袋が必ず入っている。
台北駅で行われるピクニックは、ここで行われるさまざまな活動の一つに過ぎない。台北で働くインドネシア労働者の世界にはさまざまなグループが存在する。そして、そのグループの活動場所が十中八九、ここ台北駅なのだ。
ここに集まるグループには、写真撮影のグループ、バンド、文芸サークル、宗教団体、募金活動を行う慈善団体、同郷同士の集まりなどがある。同じグループやサークルに属する仲間同士でユニフォームを作ることもある。なぜだかは知らないが、こうしたユニフォームは必ず黒で、中華民国(台湾)とインドネシアの国旗の図柄がプリントされていたりする。
インドネシアでは、何人もの子どもを持つお母さんだったり田舎娘だったりする女性たちも、この賑やかな台北駅では、フェイスブックで1000人だとか1万人のフォロワーを持つ「網紅(=ネットインフルエンサー)」かもしれない。
2015年末からは、東南アジアの書籍に特化した書店「燦爛時光(Brilliant Time bookstore)」が台北駅大ホールにやって来るようになった。彼らは毎週日曜になると大きなスーツケースを持って台北駅に現れ、スーツケースを床の上に広げる。中にはインドネシア語で書かれた書籍がたくさん入っている。外国人労働者たちはこれらの書籍を無料で借りることができる。
この「地べた」で展開される図書館は、ただの図書館ではない。恥ずかしがり屋の台湾人が、外国人労働者を知るための架け橋となるものでもある。
■台湾の人々との共存
外国人労働者が台北駅に集まるのは日曜だけのことだ。だから平日の台北駅の大ホールにいるのは、ほとんどが台湾人だ。台北駅の大ホールは、台北の国際玄関だ。だから、ここに外国人労働者が集まることで、多くのゴミが捨てられる可能性があると批判する人もいる。だからこそ、ここに集まる外国人労働者たちはことさらゴミを残さないよう注意を払っている。
台北駅には、そこを寝床としているホームレスのために作られた不文律がある。それはつまり、夜9時前まではホールの中で寝そべったりしてはいけないということだ。日曜、外国人労働者たちと台北駅を寝床にするホームレスたちは、台北駅という空間を共有する。どちらもこの空間と、社会構造における弱者だ。どちらも社会の冷たさを知っている。だからここに集まる外国人労働者たちは、台北駅でイベントを行なったり、友達と会ったりする際、準備した食べ物が余り過ぎたときなどは、必ず駅の周辺にいるホームレスたちにそれを分け与える。そんな光景こそが、台北駅の最も美しい瞬間なのではないだろうか。
日曜の台北駅では、外国人労働者に関する問題を解決する非営利団体や慈善団体などがさまざまなイベントを開催している。労働問題の解決に取り組む台湾移工聯盟(MENT:Migrants Enpowerment Network in Taiwan)が行う外国人労働者のデモは、毎回台北駅を起点としている。このデモには台湾人もよく参加している。
■寄り添いよりも好奇心を
外国人労働者の権利を守るために運動を続けている顧玉玲さんは「寄り添う気持ちだけでは理解は深まらない。誰でも寄り添う気持ちはあるけれど、両者の生活は依然平行線のままだ。私はどちらかというと、好奇心のほうを信じる。好奇心があれば、自分から相手に接触したいと思うからだ」と語る。
台北駅大ホールの床が与えてくれるのは、ただの床ではない。もしかしたらそれは、台湾の人々が好奇心をもって、外国人労働者のことをもっと知るためのチャンスなのかもしれない。