中国衛生材料生産中心股份有限公司(CSD)は創業73年目の老舗マスクメーカー。台湾中部の台中市と彰化県との県境にある。都会から遠く離れた山の傾斜地で、畑の細い道を曲がってようやく工場の門にたどり着く。目立つ看板も豪華なビルも無いこの工場だが、実は米軍の特殊な救護キットのサプライヤーであり、ここで作られた製品は遠くは北欧のノルウェーまで輸出されている。決して大きくはないが清潔で白い工場は非常に印象的だ。
同社はマスクに新たな価値を与えている。マスクの表面を華麗に着色したり、黒いレースを貼り付けたりするなどファッション要素を加えたものはアクセサリーにもなり、「ショーへの招待状」にもなるという。マスクに対する固定観念を覆し、「ファッションマスク」という新たな定義を生み出した影の仕掛け人は同社の三代目、張徳成運営長だ。張さんはまず、在来線や台北メトロが乗り入れる台北駅に、大勢のモデルがカラフルなマスクを着用しているライトボックス広告を設置した。当時、色のついたマスクを作っているメーカーは無く、この広告は大いに注目を浴びた。中国衛生材料生産中心は続いて台湾の大手通販サイトのmomoや蝦皮などで商品を販売、さらに屈臣氏(Watsons)や康是美(COSMED)などドラッグストアの流通ルートにも商品を提供して市民が気軽に買えるようにした。
しかし中国衛生材料生産中心が本当の意味でその名を轟かせたのは、2018年に行った女性シンガーの謝金燕さんとのコラボレーション。謝金燕さんは大晦日の年越しイベントに光り輝くマスク姿で登場すると、会場に集まった観客にカラフルなマスク1,000枚をプレゼント、マスクも流行のアクセサリーになりえるという新たな概念を広めることに成功したのである。今年、同社のファッションマスクはさらに海外へと進出。1月にはドイツの流行ブランド、♯DAMURと提携し、ベルリンの壁に描かれたアート「兄弟のキス(Bruderkuss)」をマスクの絵柄に使い、ベルリン・ファッションウィークに登場させた。♯DAMURはさらにコラボレーションしたマスクをファッションイベントに入場するための招待状として使用、そのマスクを着用してはじめて会場に入れるようにしたのである。
しかし今、同社は従来型のマスクの生産で注目されている。新型コロナウイルスによる肺炎の脅威に向き合い、台湾全土で防疫体制が強化されているからだ。政府は1月末に国がマスクを買い上げる「徴収令」という前代未聞の措置を打ち出し、大手メーカーの工場に政府関係者を張り付かせた。台湾におけるマスクメーカーが製品を「徴収」されるのは初めて。政府にとっても特定の物資に対して「強制徴収」という手段を用いるのは初めてのことだった。
中国衛生材料生産中心はこれに素早く反応した。海外からの受注を急遽ストップすると共に、手間と時間のかかる製品の生産も止めたことで、政府の求めるタイプのマスクを通常の4倍以上生産できるようにした。これには政府から工場に送り込まれ、検品を担当した職員も感心するしかなかったという。
中国衛生材料生産中心は中小企業である。しかし、短期間で素早く生産能力を調整し、人員と原材料をそろえて見せたのは見事な「戦いぶり」だった。それを可能にした原因について、二代目に当たる張豊聯董事長兼総経理(会長兼社長)は「七三法則」によるものだと語っている。すなわち7割の力で仕事をし、3割を余力として残しておくこと。余力があるので迅速な対応が出来る。それは稼働率や人員配置の面でも同じである。
昨年の12月末、ドイツのベルリン・ファッションウィークに参加していた同社の張徳成運営長はその時すでに新型コロナウイルスの感染状況に注目していた。昨年11月にはマスクの原材料の在庫をあらかじめ増やしていたが、12月末に感染が徐々に広がっているのを見て父親である張豊聯董事長と討論、さらに在庫を増強したのである。その時の補充量は5月から6月までの出荷分をまかなえる量だったという。
張豊聯董事長はそのときのことについて、「仕入れ担当には、(材料の業者に対して)とにかく材料をどんどんくれと言わせたんだ。コンテナがいっぱいになれば送れと。もしコンテナが足らなければこっちでコンテナを持っていくか、コンテナ工場に場所を借りて置かせてもらい材料を待っていてもいい。とにかく原料を切らしてはならないと言ったんだ」と語る。張董事長はさらに、工場長、生産管理、品質管理と総務担当のトップを一度に集め、旧正月期間に休日出勤の可能性があることを告げた。
中国衛生材料生産中心の顧客の1つ、米系ショッピングセンターのコストコは旧正月の7日間に売るためのマスクを早くに注文して入荷していた。しかし旧正月前に商品棚に並べたところ、なんと半日で7日分の量が売り切れてしまったのだという。中国衛生材料生産中心の張親子はこのことを知ると、この「戦い」がすでに始まったことを確信したのだった。
張董事長は、「社員みなに言った。『社会は我々を必要としている。だから皆でがんばろう。自分たちの力で社会に貢献できる時だ』と。私の話を聞くと、社員たちはみな事務所を整理するとそのまま旧暦の大晦日まで残業し、旧正月の2日間(旧暦元日と1月2日)休むとまたすぐに出勤して今日まで働き続けている」と語る。その言葉からは、社員たちの働きぶりを誇らしく感じる気持ちが伝わって来る。
注文に応じるため、第一線の生産ラインで働く職員はみな同時に職場に戻り、二交代勤務で24時間フル稼働した。旧正月休みを返上し、前倒しで仕事始めをしていたことで、経済部(日本の経産省に相当)のマスク「徴収令」に対しても、素早く通常の4倍以上の生産能力で対応、「徴収」初日に経済部が集めたマスク200万枚以上の主な提供者となったのである。
マスクだけでなく、台湾全土の医療機関が使用するアルコール綿も中国衛生材料生産中心がその7割を供給している。感染が広がる中で使用量が急増するのは予見できることだと話す張董事長は、同社からの供給が止まることはすなわち医療人員が危険に身を曝さざるをえなくなることだと指摘、そうした事態は絶対に起こしてはならず、今回自分たちはそれをやり遂げたと胸を張った。
張董事長によると、中国衛生材料生産中心は通常、7割の稼働率と人員配置を保っている。残りの3割は今回の肺炎やインフルエンザの感染拡大のような突発状況に対応するためのもので、これこそが同社が一貫して守ってきた「七三法則」だという。
「七三法則」は2つの部分で観察しなければならない。まずは受注面。もし稼働率を7割以上にしなければならないほどの受注をするなら、中国衛生材料生産中心は生産設備を増やし、平均での稼働率を7割に戻す。余力の3割は緊急時に備える。次にマンパワーの面。一人ひとりの仕事の量を「7割の忙しさ」に保ち、やはり余力を3割残す。緊急時にはすぐさまその力を投入できるからである。張徳成運営長は、「自分が担当する分の仕事を終えたなら、勤務中にLINEでおしゃべりしていてもかまわない」とまで言う。
3割の力を残しておくという伝統は、創業者の張炎東氏と関係している。昔、台湾の医療器材は100%輸入に頼っており、そのうち95%は日本からのものだった。これほど日本に依存していることはリスクが大きい。このため張炎東氏は、台湾は自前でこうした器材を作れる力をつけ、台湾での需要に応じられるようにしなければならないと考えるようになった。張豊聯董事長は、「父親から教わった。アルコール綿やマスクといった製品は、必要になった時に『ありません』ではすまないものだ。だから生産能力を残して待機していなければならないってね」と話す。普段から稼働率を7割に維持しているので、閑散期にはこれが5割に下がってしまう。張董事長はしかし、医療器材を取り扱う企業である限りそれは担わなければならない社会的責任だとし、「息子にもそう教えている」と語る。
2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)が大流行したとき、中国衛生材料生産中心は生産能力が足らず、力を発揮できなかった。しかし今回の新型肺炎に対して張董事長は、現在の生産能力は当時の20倍あり、この「戦い」に挑むだけの戦力は備わっていると自信を示している。