台湾南部・屏東県東港鎮にある東隆宮で3年に1度開催される一大イベント「迎王平安祭」が、10月28日から11月4日まで開催される。東隆宮は温府千歳(温王爺とも呼ばれる神様)を祀る廟宇。「迎王平安祭」は100年以上の歴史を持つ伝統行事で、東港鎮の住民総動員で行われる。東港鎮を離れて生活する人たちも、必ず帰省して参加するという祭りだ。一番の見どころは最終日。毎年800万台湾元(約2,900万日本円)かけて作るという「王船」に火を放つ。「王船」を燃やすことは厄払いの意味があり、災いを消し去ることの象徴とされている。「王船」を燃やす祭典は台湾南部のいくつかの地域で行われているが、東港鎮のものは清朝から続くしきたりやタブーを守っており、最も規模が大きい。
東隆宮は1706年に建立された。300年余りの歴史を持つ古い廟宇で、地元の人々の信仰のよりどころだ。かつてこの地方では、自然災害、伝染病、兵士の反乱などによって、住民の間に不安と恐怖心が広まっていた。そんなとき、ここを訪れた道教の道士が、中国大陸の華南地方で行われている儀式をこの地方の住民に教えた。それは、船を作って、神様に災いを運び出してもらうというものだった。その後、この儀式は徐々に東港地域の一大イベントとして定着するようになった。現在、「迎王平安祭」は3年に1度、8日間かけて行なわれている。
祭りの初日は、東港鎮にある鎮海公園の海岸で「請水」と呼ばれる儀式が行われる。これは、代天巡狩の五府千歳(5名の王爺神)を「天庭」から迎え入れる儀式。次に東隆宮で「過火」の儀式を行い、人々の穢れと厄を払う。2日目から6日目までは、五府千歳を載せた神輿が集落内を練り歩き、邪気と穢れを払う。この期間は毎日朝晩、古いしきたりにのっとり、「祀王」や「敬王」と呼ばれる儀式を行う必要がある。このほかにも「做紙」、「放告」、「和瘟押煞」など神秘的な色彩の強い宗教儀式が行われる。
7日目、「遷船繞境」と呼ばれる儀式が行われる。2階建てビルの高さに相当する豪華絢爛な「王船」が造船所から運び出され、東港の町を巡回する。この「王船」が厄病や悪運を乗せて行ってくれると考えられている。そして最終日となる8日目、祭りはクライマックスを迎える。夜明け前、鎮海公園の海岸で「王船」に火が放たれ、「王爺神」を「天庭」へと見送る。「王船」は災いや邪気を持ち去り、平安と祝福を残してくれると信じられている。
祭りの一部の役職は世襲制になっており、先祖代々受け継がれている。例えば七角頭轎班と呼ばれる役割は、代天巡狩の五府千歳、東隆宮の温王爺、中軍府の7人の神様を乗せた神輿を担ぐ。東港の住民にとっては神聖な役職だ。この仕事を担う家庭では、男児が生まれると形式的に出家の儀式を行う場合があるほどだ。
この祭りは2010年に「国家重要民俗(=国の重要無形民俗文化財)」に指定された。この地域では、祭りのために学校が休みになるほか、故郷を離れて生活する人々もわざわざ休暇をとって帰省するほどだ。特に神輿を担ぐ役職を担う家庭の出身者はその傾向が強い。祭りのときは清朝時代の服装をした住民200名ほどが隊列を作って街を練り歩く。この期間は東港鎮全体がまるで別の時代にタイムスリップしたかのようになる。
祭りがいつ始まったかは定かではないが、祭りで使われる「王船」の形式は、明朝時代の水軍の軍船である「同安船」を模したものである。1973年以前は、竹ひごで模型を作り、それに紙を貼りつけていた。1973年より、木材を使い、しかも本物の船と同じサイズである長さ約45台尺(=約13.5m)、高さ約8台尺(=約2.4m)、幅約12台尺(=約3.6m)の船が作られるようになった。この「王船」作りには毎年巨費が投じられる。ちなみに、今年の造船費用は760万台湾元(約2,760万日本円)に達した。
「王船」にはカラフルで細かい絵が描かれているだけでなく、きちんと帆も付けられている。船内には木で作ったウシ、山羊、ニワトリなどの家畜、水夫、それに生活用品などもあり、細部にこだわった作りになっている。「王爺神」が「天庭」に戻ったあとも、食べ物や生活用品に困らないようにという気持ちが込められている。
現在、この「王船」を作ることができる船大工は蔡文化さんと蔡財安さんの2人を残すのみとなっている。いずれも60代だ。屏東県は今年、この2人を「文化資産保存技術及保存者」に登録した。「王船」の建造には半年の歳月が必要で、その間はひたすら「王船」作りに没頭する必要がある。その作り方を学ぼうとする若者はおらず、後継者不在の状況だ。
祭りが終わるたびに「王船」は焼かれ、跡形もなくなってしまう。「王船」の建造技術とその芸術性を永久に残し、後世に伝えるため、東隆宮は3年前、250万台湾元(約1,018万日本円)を投じ、今年の「迎王平安祭」で使用する「王船」と全く同じデザインで、2分の1の縮小模型を1艘作った。東隆宮では文字と写真を使った説明パネルを展示館内に用意。「王船」の木造芸術を完全に再現し、展示している。
東隆宮は今後、「王船」の建造ができる後継者がいなくなったとき、展示館内に展示している縮小模型を手本として、一般の船大工に「王船」を再現してもらおうと考えている。東隆宮はこのほか、今年の祭りの様子を撮影し、その映像をデジタル保存するとしている。