2026/04/04

Taiwan Today

文化・社会

日本初の喫茶店、鄭成功一族の末裔と関係

2017/02/13
台湾の歴史学者、胡川安女史の著書『和食古早味:你不知道的日本料理故事(懐かしの和食:あなたの知らない日本料理のはなし)』によると、日本初の喫茶店「可否茶館」を開業したのは、台湾を拠点に清朝打倒を目指した明朝の遺臣、鄭成功の一族の子孫だった。写真は寒気が流れ込み、台湾全土で気温が低下する中、チャリティ事業として特製コーヒーをふるまう男性。寄せられた募金は全額、澎湖島の知的障がい者ケアセンターに寄付された。(中央社)
台湾の歴史学者、胡川安女史の著書『和食古早味:你不知道的日本料理故事(懐かしの和食:あなたの知らない日本料理のはなし)』によると、台湾を拠点に清朝打倒を目指した明朝の遺臣、鄭成功の弟は日本に残り、その子孫は代々、長崎で唐通事(中国語の通訳)を務める家柄だった。日本初の喫茶店「可否茶館」は、その末裔である鄭永慶が明治21年(1888年)に東京で開業したものだという。
 
鄭永慶は若いころ米エール大学で学び、その後、英ロンドン、仏パリで生活。帰国後は、家業である通訳事業を継がず、西洋で見たコーヒー店を日本に導入することにした。
 
当時、西洋諸国の喫茶店は、多くの知識人が集まり、議論したり新たな知識を分かち合ったりする場だった。鄭永慶は、日本にもこのような新たな文化的空間が必要だと考え、「可否茶館」に雑誌や書籍、それに西洋の珍しい娯楽用具などを置いた。しかし、残念なことに当時の社会は閉鎖的で、かつ鄭永慶自身が経営に不慣れだったことから、最後は破産して店をたたむことになったという。
 

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