2025/11/29

Taiwan Today

文化・社会

追悼:命を懸けて台湾の美しさを伝えた斉柏林監督

2017/06/16
ドキュメンタリー映画『看見台湾(邦題は『天空からの招待状』)』を手掛けた斉柏林監督(写真)が10日、台湾東部・花蓮県でヘリコプターの墜落事故により死亡した。斉監督は8日に記者会見を開催し、『看見台湾』の続編制作を発表したばかりだった。(中央社)
台湾のはるか上空から撮影した映像を通して、その美しく壮大な風景と、環境汚染や破壊などの現実を映し出したドキュメンタリー映画『看見台湾(邦題は『天空からの招待状』)』。2013年、第1回桃園映画祭(台湾北部・桃園市)のオープニング作品に選ばれたほか、第50回「金馬奨(ゴールデンホース・アワード)」最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。同年11月に一般公開されると大きな反響を呼んだ。主流の商業映画には及ばないものの、台湾での興行収入は2億2,000万台湾元(約8億日本円)を超え、ドキュメンタリー映画史の記録を塗り替えた。
 
その斉柏林監督が10日、台湾東部・花蓮県でヘリコプターの墜落事故により死亡した。ヘリコプターには斉監督のほか、操縦士の張志光さん、斉監督のアシスタントである陳冠斉さんの3人が乗っており、全員の死亡が確認された。斉監督は8日に記者会見を開催し、『看見台湾』の続編制作を発表したばかりだった。
 
斉監督は1964年、台湾北部・台北市に生まれた。卒業後は公務員試験を受けて交通部(日本の国土交通省に相当)に入った。台湾高速鉄道(=台湾新幹線)を運営する台湾高鉄公司でかつて董事長(会長)を務めていた欧晋徳氏は、斉監督が航空写真家の道を進むきっかけを作った人物だ。当時、交通部国道新建工程局の局長を務めていた欧晋徳氏は、北宜公路(台湾北部・台北市と北東部の宜蘭県を結ぶ道路)と北部第二高速公路(国道3号線の北部部分)の建設事業を担当しており、新たな人材を大量に導入する必要があった。このときに国道新建工程局に入ってきたのが斉監督だった。欧氏は採用試験の面接で、斉監督に「趣味は何か」と聞いたという。斉監督は直ちに「写真撮影」だと答えた。こうして欧氏は、北部第二高速公路の航空写真撮影を林監督に任せることにした。欧氏はそのとき斉監督にこう言ったという。「もし君がこの仕事を達成できたら、20年後、君は台湾でも有名な航空写真家になっているだろう」と。斉監督はその後、20数年間にわたって撮影の仕事に取り組むことになった。また、仕事のかたわら、余暇には自費でヘリコプターをチャーターし、台湾各地を飛び回っては台湾の美しさと哀愁を記録した。
 
転機が訪れたのは2009年のこと。2009年8月、台風8号が台湾南部に豪雨をもたらし、大規模水害を引き起こした。いわゆる「八八水害」である。斉監督はヘリコプターに乗って被災地の上空を飛び、多数の死傷者を出した高雄県小林村(現在の高雄市市仙区小林里)の悲惨な情景を記録した。そのとき斉監督は思った。台湾の人々に欠如しているのは映像であり、だから環境保全の重要性を深刻に受け止めることができないのだと。斉監督の胸に、ドキュメンタリー映画を撮影したいという思いが芽生えた。熱意あるほかの映画監督と同じように、斉監督もまた安定した公務員の仕事を辞め、周囲の友人たちに資金を無心することになった。私財をなげうって高規格の録画設備を購入した。自宅も抵当に入れた。
 
斉監督は2011年、当時の馬英九総統が開設した対談動画サイト『治国週記』に出演し、20年以上にわたって続けてきた航空撮影についての思い出と、それにかける思いを語ったことがある。斉監督は「人々のために天空にある目となり、台湾の美しさを伝えたいから」と空撮にかける思いを語った。とは言え、ヘリコプターをチャーターするには1時間10万台湾元(約36万日本円)以上が必要で、1分間当たりに換算するとおよそ2000台湾元(約7,300日本円)にもなる。まさに「時は金なり」だ。斉監督はこの少なくない経費を負担するため、台北市内の自宅や両親の住宅まで抵当に入れて借金をしたという。なぜそこまでするのか。その理由について斉監督は「空撮は、台湾という土地との『恋愛』に似ている」と説明。台湾という土地に特別な感情をもっているからであり、ほかの場所に行ったとしてもこのような関係性は築けないだろうと語った。この話を聞いた馬英九総統は驚き、「斉監督にとって航空撮影は職業や事業ではなく、まさに『志業』なのだ。台湾にこうした雄壮な心を持つ人物がいることを知ってうれしい。天空からの撮影で、台湾の全てを記録し、それを人々と分かち合う。これは将来、この国にとって、そしてこの土地にとって非常に重要な資産になるだろう」と称えた。
 
こうして2013年、斉監督はドキュメンタリー映画『看見台湾』を世に送り出した。それから4年の歳月が経った今月8日、斉監督は再び記者会見を開催し、『看見台湾』の続編を撮影する計画と、そのために資金1億台湾元(約3.6億日本円)が必要なことを明らかにした。「なぜドローンで撮影しないのか」と記者から質問された斉監督は、「画質に差がある。クオリティーの高い映像に仕上げるためには、自分がヘリコプターに搭乗して撮影する必要がある」と答え、この2つの撮影方法では、レンズを通して見える世界が違うことを強調した。
 
斉監督はこの日、続編のロケ地も前作同様に台湾が中心となること、台湾の海岸線の様子や、多様な再生可能エネルギーの可能性、高山における農業問題などに焦点を当てるほか、中国大陸で活躍する台湾企業のストーリーも盛り込みたいと話した。斉監督は「現在の台湾経済を支える財界の重鎮も、30~40年前はスーツケース1つを手に世界へ飛び出していった。彼らの物語を、台湾の若者に知って欲しい。いまの台湾の若い人たちにも、外の世界を見て、台湾の未来のために努力するという選択肢があることを知って欲しい」と抱負を語った。
 
検索エンジンGoogleは2012年、斉監督を起用したCMを制作した。CMディレクターの慮建彰さんが撮影した短編動画『Google斉柏林:空撮でとらえる台湾の美』である。その中で、息子が書いたメモを、斉監督が見つめるシーンがある。そこには「お父さん。そんなことやっていて、僕は大学に行けるの?」と書いてあった。これは実話をもとにしていて、メモを読んだ日、斉監督は一睡もできなかったという。一晩考えた挙句、斉監督は「公立大学だったらなんとかなるだろう」と息子に伝えるのが精いっぱいだったという。その後、息子は国立台湾大学中国文学系(学科)に進学。国立大学に進んだことで、斉監督の経済的負担も少し軽くなったという。
 
その息子は父の死後、インターネットの掲示板サイトにこう書き込んだ。「そうだ。父はいわゆる外省人二世だ。でも僕は、父が本当に台湾を愛する心を持っていたと信じている。自分の命すら惜しくないほどに。その愛は、お金のために国土を売る本省人よりも大きく、深かった」と。また、「台湾を愛しているかどうかと、本省人か外省人か、どこで生まれたかなどは全く関係がない」とも語っている。
(注釈:外省人とは戦後、中国国民党と共に台湾にやってきた人々のこと。本省人とは戦前から台湾に住んでいる漢民族のことを指す)
 
今回の墜落事故で斉監督が乗っていたヘリコプターのチャーター会社、凌天航空公司の李正文総経理(社長)も、斉監督の初七日となる16日未明に、フェイスブックで次のような文章を発表して斉監督をしのんだ。
 
――斉監督と知り合ったのは2004年ごろでした。斉監督がうちの会社のヘリコプターを使って空撮を始めるようになって4年目のことでした。営業窓口の担当者から「公務員なのに、貯金が貯まるとやってきては、ヘリコプターを1時間チャーターして『台湾を記録するんだ』と言っている変わり者がいる」と聞いていました。その男は、本省人である自分よりも台湾を愛してやまない外省人でした。
 
――彼は外省人とは言うものの、感情の上では、台湾で生まれ、台湾で育った「台湾人」でした。彼は台湾というこの土地に対して、永遠に消すことのできない使命感を持っていました。彼は台湾というこの土地のために大きな記録を残しておかなければならないと考えていました。
 
――私はまたヘリコプターを購入するでしょう。そして、新しく購入するヘリコプターには『斉柏林』の三文字を塗装します。コールサインは『斉監督』です。斉柏林がみなさんに台湾を見せました。台湾のみなさんも、斉柏林を覚えていてください。
 
斉柏林監督のご冥福をお祈り申し上げます。
 

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