国際的な文学賞、ブッカー国際賞(Man Booker International Prize)に、『単車失竊記(The Stolen Bicycle)』がノミネートされた台湾の小説家、呉明益(Wu Ming-yi)さんと英語版翻訳者の石岱崙(Darryl Steak)さんが同賞主催者から受けたインタビュー内容が9日にインターネットで公開された。
呉明益さんは、「ノミネートされたのはこの上なく光栄なことだ。自分はブッカー賞の受賞作品に大いに影響を受けてきたのでなおさらだ」と述べ、特にポーランドの女流作家、Olga Tokarczukと共にノミネートされたことを喜んだ。呉さんは、『単車失竊記』は失った自転車の物語だが、同時に台湾の運命もつづっており、台湾の全ての人々が互いに織りなす物語で出来上がっていると説明している。
呉さんはアジアゾウの「林旺」に言及。ミャンマーの森で生まれたこのゾウはカレン族によって人にならされ、第二次世界大戦では日本人と中国人のために働いた。戦後は台湾にわたって最後は台北市立動物園(台湾北部・台北市)に移り、86歳で息を引き取った。呉さんは、台湾の人の多くが動物園で「林旺」と写真を撮った思い出があり、それは『単車失竊記』の登場人物、「巴蘇亜」も同じだと指摘した。「巴蘇亜」は台湾の先住民族の一つ、ツオウ族という設定。銀輪部隊に属し、ミャンマーでは戦闘に加わった。戦争が終わって故郷に帰ったものの両親はすでに亡くなっていた。彼は日本語交じりのツオウ族語で行った録音を通じて、息子の「阿巴斯」に戦争体験を語る。「阿巴斯」はこの小説の語り部である程さんにこの録音を聴かせるが、それが程さんが、父親の失くした自転車をさがす手がかりになるのである。
Darryl Steakさんにとって呉明益さんの作品を翻訳するのは初めてではない。Steakさんは以前、『複眼人』を英訳した過程で、呉さんに様々な質問をしたという。しかし、『単車失竊記』の翻訳に呉さんは特別なリクエストやルールは設けず、質問しても「自分で解釈してほしい」と翻訳者を最大限尊重する姿勢だった。Steakさんは、「こうした合作方式は互いを尊重しており、とてもよかった」と話した。
『単車失竊記』の登場人物の1人、中古品を売る「満伯」がいうところの「空」(empty)は仏教の「諸法皆空」の概念。Steakさんは英語の読者のため、この「空」を解釈するにあたり、「空」は「この世に永遠に存在する物事はない」ことを意味するとシンプルに説明した。彼はまた、「空」(empty)を以って、主人公の上から5番目の姉、「満」(plenty)と対比させている。2つの字は韻を踏んでいるようで、Steakさんは、この2つの概念はこの小説を理解するのに役立つと考えたのである。
Darryl Steakさんは1995年に初めて台北にやって来て2年間過ごした。その後カナダに戻って博士を取得。2年後には再び台湾を訪れ、2001年からはフリーの翻訳者として、科学技術や軍事、半導体などテクノロジー関連の文章の英訳を行った。文学の翻訳を始めたのは2007年。当初は中華民国筆会(Taipei Chinese Centre, International P.E.N.)の英語季刊の翻訳を手伝ったという。そして、2012年からは国立台湾大学(台湾北部・台北市)の翻訳クラスで教鞭をとり、昨年8月に香港に移住。現在は香港の嶺南大学で教師を務めている。妻は台湾の女性。
Steakさんは、「翻訳業は常に月であり、作者が太陽だ。太陽は光を放ち、我々はそれを反射している」と話す。呉明益さんに関する専門家になったように、Steakさんは、この一節は『複眼人』の中の詩から来ていると明かした。『単車失竊記』では台湾語の他、ツオウ族語、日本語といった様々な言葉が現れる。Steakさんは、原著が台湾語を取り扱う際に使用した方法に倣い、ローマ字の記号を用いることで、「台湾が多言語の国であることを示した」と話している。彼は、言語学の概念である「差異の体系」を以って、台湾の文学を読むことや台湾の映画を見ることは体験することだけではなく、違いを感じることだと説明、「呉明益の作品は一種類の文章ではなく、一種類の声でもない。大変多くの異なる声なのだ」と述べた。なお、Steakさんは現在、中国語を台湾の先住民族の一つ、セデック族の言葉に翻訳する研究を行っている。Steakさんは、自分のセデック族語は中級レベルで話すことは難しいが、読むことは出来ると胸を張った。
ブッカー国際賞は12日夜(イギリス時間)に最終ノミネートの6作品を発表。第1次ノミネート作品となっていた呉明益さんの『単車失竊記』は惜しくも最終ノミネート入りを逃した。
今回のノミネートの過程において、主催者側は呉明益さんの国籍欄における表記を当初の「Taiwan」から「Taiwan, China」に無断で変更。呉さんと各界から抗議の声が上がると、再び「Taiwan」に戻すという事件があった。呉さんは、表記が「Taiwan」に戻されると、「自分個人の要求に応じたのではなく、文学の意志に応じたものだ。ブッカー国際賞は、文学の意志が誠実さと自由にあることを認めたのである」と話した。