2026/05/14

Taiwan Today

文化・社会

「運功散」を飲んで30年、CMの「阿栄」は除隊出来ないまま映画の主役に

2020/06/12
『媽!我阿栄啦』は30年前から放送されているテレビコマーシャルをユニークな形で映画化。19日に公開される。左から謝光誠監督と脚本を手がけた高普さん。(中央社)
「母さん、阿栄だよ!母さんが送ってくれた『鉄牛運功散』を飲んだら、胸が苦しかったり気の流れが悪かったりしていたのが治ったよ!」
 
台湾で、このコマーシャルのセリフを聞いたことの無い人は多分いない。だから「阿栄」を「台湾で一番人気がある男性」だと言っても決して言い過ぎではない。「阿栄」は母親に電話をかけている。「送ってもらった」というのは、「阿栄」が兵役で入隊している(基地にいる)からで、「鉄牛運功散」というのは薬の名称である。しかしこのコマーシャルが放送されるようになってから30年経った。「阿栄」も兵役に就いて30年となるわけで、「阿栄」は台湾のコマーシャルの「レジェンド」になる一方、「いつまでたっても除隊できない男」として国民的な笑い話にもなっている。
 
「鉄牛運功散」のコマーシャルは、1980年代にテレビで放送され始めるとたちまち人気を集めた。それから30年間、同じコマーシャルが放送され続け、「阿栄」と「鉄牛運功散」は今では台湾の人たちにとっての共通の思い出となっている。そしてあくまで冗談だとは言え、台湾の男性たちはみな「阿栄」を反面教師に、断じて「阿栄」のように「一生除隊できない男」にはならないと自らを戒めている。
 
その「阿栄」が今年、コマーシャルのキャラクターからなんと銀幕へと進出。この30年間の出来事全てを、映画を通じて台湾の人たちに伝えることになったのである。
 
「台湾の人たちがよく知っている『鉄牛運功散』のコマーシャルのうち『阿栄バージョン』に出て来る主役は中華民国で最もついていない軍人だと笑われてきた。放送が始まってからこれまで数十年経っても除隊出来ず、言わば終わりの無い兵役に就いているのだ。ではコマーシャルに出た「阿栄」はその後、どうなったのか。まさに呪いをかけられたかのように、除隊を目前に控えた十数日間に閉じ込められたままだったのだ・・・」
 
これが映画『媽!我阿栄啦(Eclipse)』(母さん!阿栄だよ)のイントロダクションだ。脚本は2016年度のシナリオコンクール「優良電影劇本」で「優等劇本奨」(優良シナリオ賞)を受賞した作品で、昨年には公視(PTS、公共テレビ)が映像化する作品に選ばれた。そして今年、予告編が公開されるとたちまちネット上で話題となり、掲示板サイトでは、「映画の中で『阿栄』は結局除隊できるのか?」とユーモラスに問う書き込みで盛り上がった。
 
この作品ではオリジナル脚本を書いた高普さんが映画会社の「答人文創」とタッグを組み、プロデューサーの林文義さんは過去に『親愛的卵男日記』を手がけた謝光誠監督に監督を依頼した。クランクイン前、謝光誠監督と高普さんはストーリーにそれぞれの兵役体験を盛り込むことにした。謝監督は、「台湾における兵役の経験はみな似たり寄ったりで、『阿栄』も必ず同じような目に遭っているはず。これは軍の教育映画ではなく、台湾の人たちに観てもらう思い出と現実だ。だから軍での生活についてはリアルに描いているよ」と語っている。
 
その年、「優良電影劇本」シナリオコンクールで審査員を務めた黄麗群さんはユーモラスに感想を述べている。いわく、「作者は台湾社会における『終わりの無い兵役』という半分恐怖で半分冗談の概念を巧妙に呼び起こした。それはこの島の運命を密かに例えたものだとも言える。脚本はややユーモラスながらゾッとするような怖さを生み出していて、夜中に読むと本当に恐ろしい」。
 
一方、もう1人の審査員の李耀華さんは、「物語の主役は有名なコマーシャルのキャラクターだ。このキャラクターが、どうして自分はこのコマーシャルの世界から抜け出せないのかと疑問を感じるわけだが、この独特のアイデア自体がとても魅力的だ」と評価、題材と構成がこの脚本の優れたところで、台湾では非常に珍しいケースだと絶賛した。
 
高普さんはこの脚本を書くにあたって、最初はコマーシャルを使うことは考えておらず、ただSFの物語を書くつもりだったそうだが、「ただのSF映画ではなく、ほかの要素も加えるべきだと思っていた。するとある夜、ふと『阿栄』を思いついた」と明かす。高普さんは、コマーシャルを「阿栄」が閉じ込められている「牢獄」と位置づけ、テレビでコマーシャルが放送されるたびに「阿栄」が母親に電話をかける場面に引き戻されるストーリーを考え出した。高普さんは、「SFでよく出て来る、『同じ日が繰り返される』という概念だ」と説明している。30年にわたって放送されているコマーシャルの中の「阿栄」を現実の人物として考えれば、確かに彼は哲学者ニーチェの言うところの「永劫回帰」の中にいることになる。
 
今このコマーシャルを改めて観るとやはりすごく、非常に成功したケースだと感じるという謝光誠監督は、「その原因は『阿栄』という名前だ。どこにでもある名前だったのだ」と指摘する。「阿栄」の「阿」は親しみを込めて人の名を呼ぶときの言い方。「栄ちゃん」といった響きで、自分のことを指すことも出来る。当時、台湾の男性の名前には、「栄」という字を使ったものがとても多かった。だから「光栄」、「俊栄」、「国栄」などは全て「阿栄」と呼べた。この「記号」は台湾の人たちのこのコマーシャルに対する共感を呼んだ。そしてこのことこそ、「鉄牛運功散」の人気が爆発した主な原因だったと言うのだ。謝監督は、台湾の人なら誰でも1人や2人は知り合いに「阿栄」がいるだろうと笑う。
 
謝光誠監督が今回、「阿栄」を一般の「阿兵哥」(下級兵士)としたのは、除隊出来ないことから来る焦りを感じて、毎日繰り返される日常にどう向き合うべきかわからない姿を描きたかったから。コマーシャルが放送されるたびに「阿栄」は最初の場面に引き戻される。それが続いて感情も絡まり合う。「阿栄」は自らの境遇にやるせなさと憤りを覚えるのである。
 
『媽!我阿栄啦』はわずか14日間でクランクアップした。プロデューサーの林文義さんも映画撮影の現場出身で、コマーシャルは200本あまり撮って来た。しかし映画界と広告業界の生態はやや異なる。長編映画では出来ることが多く、わずか30秒のコマーシャルとは大きな違いがあるのである。謝光誠監督によれば、コマーシャルのIP(知的財産)を利用して映画を撮るケースは台湾ではめったに無い。しかし今回のスタッフたちは単純なのか、何も考えずにとにかく突っ走ったのだという。謝監督は、「プロデューサーはこのシナリオのことを知ると、台湾南部・高雄市にある『鉄牛運功散』のメーカー、旺霖製薬工業にすっ飛んで行ってライセンスを供与してくれるよう交渉したんだ」と明かす。
 
旺霖製薬工業は林文義プロデューサーの提案を聞くとすぐにこれを承諾。林プロデューサーは、「『阿栄』が除隊出来ないことは会社にとっても利益がある。映画になれば企業イメージもアップするはず」と交渉が順調だった背景を説明した。そしてさらに、林プロデューサーは最初のコマーシャルとリンクさせるため初代の「阿栄」を探し出したのだ。
 
「阿栄」を当時演じたのは胡徳成さん。外省人(1949年以降、国民政府と共に中国大陸から台湾に渡ってきた人とその子孫)の家庭に生まれ、ハンサムだったことで学生時代からアルバイトで広告の撮影に呼ばれるようになった。1980年代、「鉄牛運功散」のコマーシャルに出演したときには20歳を過ぎており、ちょうど入隊適正年齢だった。林プロデューサーによると、このコマーシャルに出る時、胡さんはこれほどローカルなものとは知らず、撮影現場で困り果てたそうだ。なぜなら胡さんは台湾語(台湾最大の方言)を話せなかったから(このコマーシャルのセリフは台湾語)。では、「阿栄」は大人気になったのに、胡さんはなぜ人気俳優にならなかったのか。林プロデューサーによれば、胡徳成さんに芸能界入りする気が全く無かったからだという。
 
2000年以降、胡徳成さんは一度だけテレビに出たことがある。タレントの小S(徐熙娣)さんと蔡康永さんが司会を務めたトーク番組、「康熙来了」に出演したのだ。その回のテーマは、「知っているけど名前が出て来ない、コマーシャルのスター」。小Sさんは番組の中で、コマーシャルがあれほどヒットし、道を歩いたらすぐに気付かれたのでは?と質問した。これに対して胡徳成さんはうつむきながら、「歩いている時に『鉄牛運功散』の広告があると、下を向いて早足で逃げました」と告白。実際の胡徳成さんは、映画の中で「ループ」に陥ってしまう「阿栄」と同じように、この堂々巡りの輪の中から抜け出したいと願っているのかもしれない。
 
なお、『媽!我阿栄啦』では胡徳成さんに出演を依頼したが断られた。林文義プロデューサーによると、胡さんはスクリーンに出ることは望まず、映画出演への興味もあまり無いのだという。このためスタッフは胡さんの生活を乱してはならないと、あきらめざるをえなかった。「阿栄」の父親を演じてもらう予定だったとのことで、謝光誠監督は、30年前のコマーシャルと30年後の映画を結びつけることが出来たならば、それはエキサイティングだっただろうと残念がっている。
 
 

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