2026/04/04

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文化・社会

日本統治時代、高雄で糖業発展させた山本悌二郎氏の銅像が「橋仔頭糖廠」に帰還

2022/12/20
台湾南部・高雄市と日本の新潟県佐渡市を結ぶ山本悌二郎氏の銅像(写真)が100年の時を越えて台湾糖業高雄糖廠(旧称:橋仔頭糖廠)にある古跡「社宅事務所」に「帰還」した。(高雄市サイトより)
台湾南部・高雄市と日本の新潟県佐渡市の縁を結ぶ山本悌二郎氏の銅像が100年の時を越えて台湾糖業高雄糖廠(旧称:橋仔頭糖廠)にある古跡「社宅事務所」に「帰還」した。高雄市の陳其邁市長と佐渡市の渡辺竜五市長が17日、共同で銅像の除幕を行い、謝長廷駐日代表、文化部(日本の省レベル)の蕭宗煌政務次長(副大臣)、台湾糖業公司の陳昭義董事長(=会長)らが立ち会った。陳高雄市長は高雄市民を代表し、銅像が元の場所に戻れるよう力を尽くし、台日間の本当の友情とその確実な進化を示してくれた各方の人々に感謝した。
 
山本悌二郎氏は台湾における新たな糖業の基礎を築いた。台湾糖業の発展と黄金時代を支えたばかりでなく、1900年から1927年までの間に高雄市の「糖業帝国」をゼロから築き、高雄における港湾建設と「哈瑪星」という現代化された都市を実現。高雄市の現代化を推し進めた重要な人物だった。山本氏が日本に戻ると高雄市の名士たちは近代の台湾における最高の彫刻家、黄土水に依頼してその胸像を制作、1929年に、山本氏が計画して建設した「橋仔頭糖廠」内に設置した。しかし戦後になるとこの銅像は日本に送られ、山本氏のふるさとである佐渡市の真野公園に置かれることとなった。
 
「社宅事務所」は高雄糖廠建設の起点であり、山本氏が二十数年にわたって勤務した事務所でもある。台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表と佐渡市でダンススタジオを主宰する台湾出身の舞踏家、若林素子女史の仲介の下、陳高雄市長が渡辺佐渡市長に直接書簡で銅像を迎え入れたいという意向を伝えた。その結果、高雄市は今年8月に銅像を受け取り、レプリカを制作して今回、1929年に初めてこの銅像が置かれた場所に60年以上ぶりに設置。この日は多くの関係者が銅像の置かれた「社宅事務所」の前で記念撮影を行い、歴史的な場面を写真に収めた。
 
高雄市文化局によると、この100年にわたる縁を記念するため国立歴史博物館では書籍「山本悌二郎の築いた糖業新時代」を出版するほか、関連の特別展を開く。「社宅事務所」を会場に17日より6月30日まで開催し、「100年以上の文化の帰還」という重大な意義を示すほか、高雄市の糖業に対する山本氏の功績を改めて紹介する。
 
 

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