「国際ブッカー賞」の最終候補(Shortlist)6作品は今年3月下旬に発表されていた。台湾の作品が最終候補にノミネートされるのは初の快挙で、なおかつ今年のノミネート作品のうちアジアの作家の作品は唯一だった。
楊双子さんの『台湾漫遊録』は2021年に台湾の出版分野で最高栄誉とされる金鼎奨の文学図書賞を受賞。2024年には英訳本『Taiwan Travelogue』が全米図書賞(National Book Awards)の翻訳文学部門を受賞した。文化部の英国の出先機関である台北駐英代表処文化組によると、イギリス版は2026年3月に出版されたばかりだが、すでに売り上げが1万部以上に達している。なお、日本では、日本・台湾の国際共同制作でドラマ化されることが決まっており、NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』の吉田恵里香さんが脚本を執筆する予定であることが発表されている。
楊双子さんの受賞スピーチ
芸術や文学は政治から距離を置くべきだと考える人もいるが、自分は文学を、自分が生まれ育った土地から切り離すことはできず、この意味で文学は本質的に政治と無関係ではあり得ないと考えている。台湾文学の歴史を概観すると、台湾では百年にわたり「台湾人はどのような未来を望むのか?」、「台湾人はどのような国家を望むのか?」という問いが繰り返し問われてきたことが分かる。『台湾漫遊録』もまたその問いに加わるものである。台湾人は植民統治を経験し、侵略の脅威にも直面してきた。圧倒的な力の格差の前で文学に力はあるのかという問いに対し、自分は一貫して、文学には力があると信じてきた。文学はゆっくりに見えるかもしれないが、常に確かな行動であり、静かでありながら信念を遠くへ届けるものである。翻訳は時間差を生むが、時間と空間の制約を越えることができる。私は文学に力があると信じている。なぜなら思想の世界において、文学は決して自分を諦めることなく、他者との対話も放棄してこなかったからだ。
国際ブッカー賞、翻訳者である金翎さん、それにここに至るまで関わったすべての人々に感謝する。最後に、故郷である台湾にこの栄誉を捧げたい。台湾文学の百年にわたる問いはすなわち、台湾人の自由と平等への追求である。台湾人として生まれたことは私にとって幸運なことであり、台湾作家としてこの場に立てることは私の誇りである。
金翎さんの受賞スピーチ
2022年のロシアのウクライナ侵攻を契機に、自分は明確な決断として、今後当面の間は中国語作品を無差別に翻訳することをやめ、台湾の作品のみを翻訳することを決めた。『台湾漫遊録』の英訳過程において、翻訳者として多くのリスクがあることは認識していた。しかし、自分はこのプロジェクトを英語翻訳業界の「慣例」に対する実験的挑戦と捉えた。一般的に英語の翻訳文学の世界で翻訳者は「透明人間」であることが理想とされる。しかし、この作品には訳注、序文、あとがきが存在するし、一つの漢字表記に対して三種類の発音体系があることを説明するなど、翻訳そのものが作品構造の一部となっている。英語版は原作以上に読者の能動的な読解を必要とし、それは台湾の多言語・多民族・多文化という現実を単純化することを拒んでいるからだ。
当初、この作品の英語版は少数の読者にしか届かないと考えていたが、2024年の米国での出版以降、予想を超える大きな注目を集めた。その結果、この作品は台湾においても象徴的な事例となり、台湾が自らの物語を国外に語りうることを示し。しかしながら、一つの小説を、あたかも国家全体の代表として語るべきではない。
自分自身も含め、同業の翻訳者たちに対して、台湾から発せられる多様な声を英の世界へ持ち込み、台湾文学を単一のイメージへ還元させないよう期待している。私たちは声をそろえて合唱するのではない。さまざまな声が共存し、多くの矛盾を抱えた、且つ自由な精神の集合体である。それは健全な民主主義の社会と同じである。