このイベントには農業部の胡忠一政務次長(副大臣)が複数の農業改良場の場長・副場長とともに参加。日本からも、日本台湾交流協会台北事務所経済部の安田大樹主任、笠間台湾事務所(茨城県笠間市の出先機関)の坪井勇樹所長、台湾住友商事の長阿紀良董事長らが参加した。稲刈り後は、陽明山国家公園内の竹子湖蓬莱米原種田故事館で記者会見を開催し、各時代を代表する5つの種類の「蓬莱米」が貴賓らに振る舞われた。
台湾の人々はかつて長粒種のインディカ米を栽培していた。もともと台湾にあった米ということで、これを「在来米」と呼ぶ。日本統治時代、日本人はこの「在来米」に馴染めなかったことから、日本人が好んで食べる短粒種のうるち米、つまりジャポニカ米を台湾に導入して栽培することが試みられた。しかし、ジャポニカ米は熱帯気候に適応するのが難しく、現地での育成や品種改良に長い歳月を要した。1920年になって、ジャポニカ米の品種「中村」が竹子湖での試験栽培に成功。台湾総督府は1926年、台湾でも生産できるジャポニカ米を総称して「蓬莱米」と命名した。
農業部の胡忠一政務次長によると、当時の日本人はその後も台湾でコメの試験栽培や品種改良を続け、日本品種の「亀治」と「神力」を交配して、収穫量が多くかつ良質な品種「台中65号」の育種に成功した。台中65号は1959年以前の台湾で最も広く栽培された品種であり、「蓬莱米」の普及を支えた重要な品種となった。
戦後は台湾人が育種を担った。台風が頻発し、病害虫が多いという台湾が抱える課題に対応するために開発された「台農67号」は、1979年から1998年まで主要な栽培品種となった。台湾ではその後もコメの品種改良が続き、大量生産を重視する段階から、耐候性や風味を重視する方向へと発展していった。
2004年に育成された「台南11号」は、現在台湾で栽培される水稲の6割以上を占める。粒の外観が美しく、風味も良いことから、現在輸出の主力品種となっており、日本人消費者からも好評だ。また、2010年に育成された「高雄147号」は、粒が大きく米質が良いだけでなく、炊いたご飯からタロイモのような香りがするのが特徴だ。2019年と2024年には日本の「米・食味分析鑑定コンクール」で金賞を獲得するなど高い評価を得ている。