ヒューストン美術館のアジア美術キュレーター、ブラッドリー・ベイリー博士(左)が聞き手を務めた異文化交流座談会。右はニンフィアさん。(文化部)
ニンフィアさんは2024年、米ドラァグ・クイーン界の大御所ル・ポール氏が主催するアメリカの人気リアリティ番組『ル・ポールのドラァグ・レース』に出場し、アジア出身者として初めて優勝を勝ち取った。ニンフィアさんのパフォーマンスは、そのほとんどが台湾やアジアの要素を取り入れたものだ。また、バナナがアジア人蔑視の呼称として使われていることを逆手にとり、黄色を自身のシグネチャーカラー(象徴的な色)とし、自身を「蕉佛」(Banana Budhist、バナナのブッダ)と称していることでも知られる。
座談会では、ヒューストン美術館のアジア美術キュレーター、ブラッドリー・ベイリー博士が聞き手を務めた。ニンフィアさんは、自身の芸術活動の変遷を5つの段階に分け、苗栗の中学校でダンスや衣装制作に初めて触れた経験や、英国でファッションデザインを学んだこと、アジア人種に対する固定観念を打ち破ってドラァグクイーンの頂点に立つまでの道のりなどを振り返った。ニンフィアさんは「台湾は常に私の創作の中に溶け込んでいる。ユーモア、混沌、色彩、工芸のいずれにも台湾の要素が息づいている。ドラァグは単なる娯楽ではなく、芸術創作であり、文化を変容させ、未来を再想像するための手段でもある」と語った。
美術館での座談会に続き、ニンフィアさんは翌日夜、「90年代の台北をドラァグで表現する」というコンセプトのもと、リバー・オークス・シアターで開催されたアン・リー監督の『飲食男女』(邦題:恋人たちの食卓)の特別上映会にも登壇した。
ニンフィアさんは上映前のトークで、自身は1990年代生まれで、この映画をまだ鑑賞したことがなかったと明かした上で、この映画が飲食や台湾の日常生活を題材にした作品であることは知っており、自身の創作でもバナナやタピオカミルクティーなどの食べ物をモチーフに、衣装や舞台、文化的な表現へと昇華させていると語った。