2026/04/08

Taiwan Today

文化・社会

進化を続ける台湾の伝統的人形劇「布袋戯」

2013/08/27
布袋戯劇団、五洲園の2代目、黄俊雄氏は1958年、世界初の布袋戯による映画を制作した。そして1970年3月、黄俊雄氏はテレビ布袋戯『雲州大儒侠――史艶文』を制作、一大ブームを巻き起こした。(雲林県政府文化処サイトより)
「掌中戯」とも呼ばれる、台湾の伝統的な人形劇「布袋戯(ボテヒ)」は、17世紀の中国大陸の福建省泉州の知識人、梁炳麟氏によって創始された。19世紀半ばは、福建の布袋戯の最盛期であり、このころ台湾に3つの流派が伝わり、台湾の布袋戯が形作られた。1912年前後、台湾の布袋戯の演目の内容は、多くが小説を改編したもので、歴史もの(『薛仁貴』や『楊家将』)、任侠もの(『七侠五義』)、裁判物(『包公案』や『施公案』)の3種類に大別される。

第二次世界大戦の末期、日本占領時代の台湾では「皇民化運動」が行われ、布袋戯も軍隊の慰問上演や政治宣伝に利用された。戦争が終わると、民間の演劇活動が活発になり、布袋戯もさまざまな場に呼ばれ上演されるようになった。ただ、1947年の二二八事件をきっかけに、政府は個人的な集会を許可しないことを理由に、戸外の舞台での演劇上演を1年以上にわたり禁止した。このため多くの布袋戯劇団が劇場での上演を余儀なくされ、観客からの入場料で生計を立てなければならなくなった。観客を呼び込むため、布袋戯の演者たちは物語の自作を始めた。内容はだいたいが「恩(恩情)、怨(恨み)、情(人情もの)、仇(敵討ち)」で、これがすなわち近代の台湾で発展した「金光布袋戯」である。

布袋戯劇団、五洲園の創始者・黄海岱氏の跡を継いだ2代目の黄俊雄氏は1958年、世界初の布袋戯による映画を制作した。そして1970年3月、黄俊雄氏はテレビ布袋戯『雲州大儒侠――史艶文』を制作、一大ブームを巻き起こした。現在では、現場で人形劇と同時に生で台詞を話す布袋戯の劇団は珍しい。

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