旧暦3月23日(今年は4月22日)は台湾で広く信仰される道教の女神、媽祖さまの誕生日。各地の媽祖廟では様々な祝賀活動が行われる。中でも台湾中部・台中市大甲区にある「鎮瀾宮」の媽祖さまの巡礼活動は、
「台湾宗教百景」の一つで、世界三大宗教イベントの一つにも数えられる。 媽祖さまは、「天上聖母」、「天后」などとも呼ばれ、宋の時代の中国大陸・泉州府莆田の人だと伝えられる。媽祖さまは主に、中国大陸東南の沿海地方から東アジア(琉球、日本、韓国、東南アジア)の海洋地域に広がる「海神」信仰であり、東アジアの海洋文化及び中国大陸の沿海文化に大きな影響を及ぼしている。学者たちはこれを、「媽祖文化」と呼ぶ。 台湾における媽祖信仰は重要な信仰習俗にとどまらず、移民社会と海洋文化の象徴でもある。明朝末期に数多くの漢民族が生活のため中国大陸から台湾に渡った。当時の航海技術は稚拙で、海難事故で命を落とした人は数知れない。このため航海の神である媽祖さまは、海を渡る移民たちが航海の安全を祈る心のよりどころとなった。さらに、当時台湾の主な輸送機関は海運だった他、海沿いに住む人たちは漁で生計を立てていたため、媽祖さまに対する信仰は日増しに広がった。昔の台湾における媽祖廟はすべて、海に向かって建てられていたという。 媽祖さまの姿は「母親のイメージ」で作られている。移民の時代が遠ざかった今日、台湾各地の媽祖廟の多くは、台湾の媽祖廟からの分霊を受けたものとなった。媽祖さまの名前も、「北港(南西部の雲林県北港鎮)媽」、「大甲(台中市大甲区)媽」、「鹿港(中部・彰化県鹿港鎮)媽」、「関渡(北部・台北市北投区)媽」、「松山(台北市松山区)媽」、「新港(中南部・嘉義県新港郷)媽」など、地元に即した呼び方が生まれている。一方、中国大陸では「文化大革命」後、各宗教への信仰が失われたため、媽祖さまにとって台湾は新たな故郷となっている。 媽祖さまは台湾の人たちの母親に等しい。400年来、台湾海峡を渡る台湾の人々を守り、台湾の人たちと共に、オランダやスペインによる占拠、明朝の鄭成功、清朝、日本による占領など様々な時代を歩んできた。媽祖さまに対する信仰は、多くの台湾の人たちにとって、最も大切な心のよりどころだと言えるのである。