蔡英文総統は2月28日、日本の産経新聞のインタビューに応じ、台湾海峡両岸関係、台米関係、台日関係などに関する質問に回答した。主な内容は以下の通り。
問:現在の米中関係は「新たな冷戦」とも呼ばれている。その「新たな冷戦」は台湾にどんな影響を及ぼすか。台湾が地域における不安定要素にならないことと、国際社会への参与を高めることの選択を迫られた場合、蔡総統はどちらを優先するか。そしてどのような努力と具体的な取り組みを以ってこの難関を乗り切るか。
答:我々が向き合う現在の米国と中国の情勢は間違いなく、アジア、特にインド太平洋地域の国々に衝撃と影響を与えている。日本を含むこの地域の全ての国が、米国と中国のこの情勢が生み出す変化と課題に非常に慎重かつ積極的に対応している。こうした動きは経済貿易分野のみならず、地域の安全保障と安定といった問題にもかかわってくると思う。
我々は2016年に政権を受け継いでから、こうした変化を想定して備えを始めた。まず我々は、台湾経済を速やかに変革の時代に導き、新たな産業が次々と生まれるようにした。イノベーションと技術を国際社会における我々の重要な要素としていくのだ。
次に我々は他国との関係を切り開いた。特に「新南向」の国々で、東南アジア諸国及び「新南向」がカヴァーする範囲、例えばオーストラリア、ニュージーランド、インドなどの国との貿易と経済面での関係を切り開いた。(「新南向」とは「新南向政策」のこと。東南アジア、南アジア、オーストラリア、ニュージーランドの計18カ国との幅広い関係強化を目指す政策)
三つ目として我々は、台湾の内需拡大に努めている。大規模な公共投資を行い、同時に民間投資も奨励している。また、減税で消費も促している。米中問題により、中国に投資していた多くの企業が台湾に戻りたがったり、生産拠点を東南アジアなど、ほかの場所に移したがったりしている。我々は国の力を総動員してこうした台湾企業を支援し、彼らが生産と運営の拠点を台湾に戻す、もしくは他国に移せるよう協力していく。
我々は地域の平和と安定に貢献する者として、それに協力しようという態度をとっている。しかし、自らの強い立場を示さなければならない事態となった場合、我々はどうするか。
第一に、我々は地域の平和と安定のため、挑発はしない立場をとる。両岸関係にも注意深く、慎重に対処していくが、はっきりと言わなければいけない時に口をつぐむことはない。中国に、そして全世界にはっきりと伝える。例えば今年1月2日、中国側が「一国二制度」のプランを打ち出したが、これに対して我々は立ち上がり、「一国二制度」プランは台湾人が受け入れられないものだと中国にはっきり告げた。同時に全世界に対しても、これは台湾人が受け入れることの出来ないものだと伝えたのだ。だから、我々は挑発しない立場をとるが、もし我々が堅持する限界ラインに触れるようなことがあれば、我々は大きな声で立場を表明するし、あいまいな態度をとることはない。
第二に、我々はより多くの国々の支持を勝ち取っていく。支持を獲得するやり方はまず、我々の価値を相手と共有することだ。貿易、経済、その他安全保障の面も含めた利益を共有し、互恵の共同体といった観念を形成する。
我々はまた、台湾が存在することの重要性を各国に理解させる。台湾の地理上の位置は地政学的に欠くことの出来ない役柄を持つ。台湾の位置は中国が太平洋に出入りし、進出するためのカギとなる場所にある。だから台湾はこの地域全体の安全保障に対し、非常に重要な役割を果たす。台湾が民主的であるかどうか、自由な場所であるかどうかは全世界にとって大変重要なことなのだ。台湾は特に半導体産業をはじめとする、多くのカギとなる産業において重要かつ主導的な地位を占めている。今、多くの人が製品の安全性問題を心配しているが、台湾で作られる半導体もしくはこうしたカギとなる部品は多くの国にとって安全なものだ。台湾は最も安全に、こうした部品や半導体に関する製品を製造できる最も安全な供給元だ。これは世界にとって非常に意義深い事だろう。
第三に、台湾の民主、並びに人権など多くの価値に対する台湾の堅持は手本になることだ。現在、多くの国が経済成長のため民主の発展を犠牲にしてもいいと考えているが、台湾は経済成長と民主の発展は同時に進めることが可能で、さらには相互補完の関係にあることを証明した。台湾における民主の発展は全世界の民主の発展プロセスにとって非常に重要な手本なのだ。
我々は全世界が、台湾が存在することの重要性を理解し、台湾を大切に思い、台湾が必要とした時に最大のサポートをしてくれることを期待している。これらが、我々が平和と安定に貢献しつつ、台湾の安全を守っていくためのやり方だ。
問:習近平主席が、「一国二制度」プランは台湾の人々に受け入れられないことを知りながら、1月2日にまたしてもこれを提案した狙いはどこにあると思うか。
答:なぜ1月2日にこうした発言をしたのかを拡大して推察したくはない。我々はしかし1月2日に、「一国二制度」プランは台湾人が受け入れられないものだと明確に述べたつもりだ。中国側が、「一国二制度」プランに対する台湾人の考えをこれまで以上に完全に理解するよう望んでいる。
問:「一国二制度」は国民党でも受け入れておらず、台湾が絶対受け入れることが出来ないものであることを世界も知っている。台湾はより積極的な行動がとれないか。例えば、台湾が「一国二制度」は受け入れないことを世界に周知し、中国大陸が「一国二制度」の提案を撤回するよう求めることを提唱するなど。
答:我々はすでに、「一国二制度」は台湾人が受け入れないものだとはっきり述べている。台湾の(立場の)異なる政党もみな同じ態度だ。世界も明確に知っている。世界で台湾もしくは両岸関係に関心を寄せる人の多くは、「一国二制度」は両岸問題を解決する処方箋に絶対ならないと思っているはずだ。みながはっきりとこうしたことを言うことが出来れば、中国側もしかるべき圧力を受けることになるのではないか。全世界の非政府団体、人権や民主といった価値に関心を持つ団体が口を開き、それが政府や非政府組織、民間、世論といった国際的な見方になっていくよう望む。
問:中国はいわゆる「一つの中国原則」を受け入れることが両岸対話再開の前提条件だとしている。蔡英文政権発足後、両岸間の話し合いは止まったままだ。両岸はどうしても対話を再開する必要があると考えるか。
答:両岸の対話再開は双方に有利であり、多くの状況に関する誤った判断を防ぐことにもつながる。双方に有利であるからこそなおさら、中国側が双方の意思疎通を回復することに政治的な条件や枠組みを設けることは不合理だと思う。双方に有利であるばかりでなく、地域の安定と平和にも有利なことに政治的な条件を設けるのは理にかなっていない。
問:米国では「台湾旅行法」が成立した。蔡総統はワシントンD.C.もしくは米国を訪問する考えはあるか。トランプ米大統領と対面して意見交換することを望むか。もしそうした考えがあるならば、どのようなタイミングが最も実現の可能性があるか。
答:過去数年来、米国が行政部門、立法部門を問わず台湾を大いに支持し、友好的であることに感謝する。特に議会は台湾を支持する法案を多く可決した。行政部門も実際の行動で我々に多くのサポートを与えた。台米関係はここ数年、密接であり、引き続き増進している。自分は中南米の国を訪問する際、いつも米国でトランジットする。台湾の総統にとって米国に行くことはこれまで総統が誰であるかに関わらず、よくあったことだ。(「台湾旅行法」に基づく訪米には)慎重な評価が不可欠で、台米関係や地域の平和及び安定を考慮する必要がある。もちろんいつの日か、台米間の交流レベルとその実質的な意義をいっそう高められるよう期待している。
問:昨年6月、呉釗燮外交部長(日本の外務大臣に相当)は産経新聞のインタビューを受けた際、台日間に安全保障に関する対話メカニズムを築く必要性を訴えた。台湾と日本の間、特に政府間に安全保障対話のメカニズムを設けるべきだと考えるか。
答:我々は多くの面で日本と同じ安全保障上の脅威に直面している。我々はどちらも東アジア、アジアに位置しており、安全保障面での脅威の発生源の多くは台湾と同時に日本にも衝撃をもたらすだろう。だから台湾と日本の安全保障に関する業務上の協力では、対話と、物事への対処の実務面でレベルを高めることがきわめて必要となっている。安倍首相は首相を務めている間、台湾に多くの支持を示し、非常に友好的である他、いくつかの画期的な決定も行っており、感謝したい。我々は日本との経済貿易分野でのさらなる関係発展を希望している他、安全保障に関する対話も非常に重要だと考えている。これは両国関係において大変重要で、継続的な強化が必要なことだと思う。
問:蔡総統はどういった分野で、日本との安全保障面での交流や対話を強化したいと考えるか。
答:交流と対話の形式をどうするかは日本側の考えを尊重する。我々が非常に重視しているのは実質的な問題の処理だ。安全保障に関しては従来の軍事面以外に、新たな面での脅威がある。こうしたことでも意見交換の機会がより多く持てるよう希望する。例えばサイバー戦争(cyber warfare)だ。こうした従来とは異なる脅威の発生源の多くについてより踏み込んだ話し合いをしたい。特に言いたいのは、日本も台湾も民主国家だということだ。しかし民主国家であるがゆえに今どちらもある問題に直面している。それは我々の民主の仕組みが破壊されないか。それによって、完全ではなく、健全に回らない民主メカニズムになってはしまわないかということだ。これこそ我々にとって最大の課題だ。特定の国家によるインターネットを通じた操作、あるいは金銭や他の手段を用いたメディア並びに末端の人々、そして影響力を持つ政治家などの操作。こうしたことは徐々に、一つの国の民主メカニズムをむしばんでいく。
問:サイバー攻撃や「網軍」(サイバー攻撃部隊)について台日間の協力を強化し、その攻撃に共同で対抗できることを望むか。
答:現在の安全保障問題は従来型の、外部からの軍事攻撃にとどまらない。多くは内部への潜入・侵入が生む社会のマヒ、あるいは社会の仕組みに対する影響が起こす内部的混乱であり、これは現在の民主国家が直面する安全保障上の深刻な脅威の発生源だ。ネット上の操作に我々は憂慮を深めている。ネット上にはいわゆる「網軍」がいる。彼らは生活や仕事のためにインターネットを正当に利用しているのではなく、政治や軍事目的のため組織的にネット上での操作を行う。一部の特定の国家は大量の「網軍」を組織しており、こうした「網軍」が操作に用いるアカウントは異なる国に設けられている。「網軍」は急速にニセ情報・デマを広め、ネット利用者はたちまちミスリードされていく。こうしたデマを作りだすこと、発信して広めること、あるいは意見の異なる人を標的に同じ書き込みを大量に繰り返して攻撃すること、これらはいずれも民主を侵害する非常に深刻な問題で、言論と情報の市場を極端に歪める。台湾は真っ先にその矢面に立ったことになるが、この脅威には他の国々もすでに直面しているか、あるいは将来直面することになるはずだ。
問:直ちに脅威となる軍事情報の交換と共有について、台日間に協力の可能性があると考えるか。
答:日本とこれら安全保障に関する情報を共有することに関して台湾は比較的開放的な態度だ。我々は日本側が法律上の障害を克服し、相互協力と効果的な情報交換の機会が持てるよう期待する。
問:蔡総統は、「網軍」による脅威の深刻さは昨年の統一地方選挙にも影響したとしているが、具体的にどういった問題で中国によるデマの影響を受けたか、台湾の民主メカニズムを破壊したかを説明してほしい。
答:昨年の選挙過程において、中国による一部のニセ情報があったことは確かだ。例えば中国側の軍事演習の情報で、過去のものかと思われる写真や映像を再び使用し、今まさに発生している脅威であるかのように見せた。
問:福島県など5つの県(福島・茨城・栃木・群馬・千葉)の食品の輸入解禁は昨年末の国民投票で否決された。この問題をどう解決するか。
答:我々はWTO(世界貿易機関)の会員国なので、WTOの定める関連の義務を負わなければならず、WTOの規定に従ってこうした貿易問題を処理する。一方で我々は国民投票の結論による制限を受ける。国民投票の結論に政府は従わねばならない。効力は2年間だ。だからWTOの通常の方法、すなわち国際的な義務を履行しようとする上で国内法による拘束を受けるケースでは、それにより影響を受ける国と交渉のテーブルについてしっかりと話し合うことが必要になる。我々は今、WTOの精神を守りながら日本政府と話し合い、何らかの解決策を見出したいと考えている。
問:将来CPTPPに加われたならば台湾は日本及びその他の加盟国にどのような利益をもたらすか。
答:台湾の貿易の量と質はいずれも良好だ。台湾人の消費能力もとても高い。台湾は輸入金額が毎年2,500億米ドル以上で、アジア太平洋地域の非常に重要な市場だ。また、台湾人は日本の農産物が大好きだ。我々がCPTPPに加わることが出来れば、日本からより多くの農産物が台湾に輸出される機会が生まれるはずだ。台湾人の購買力をPPP(購買力平価)で比べた場合、我々はCPTPPの全ての国のうち、シンガポールとブルネイに次ぐ3位にある。米中貿易摩擦が深刻さを増す中、世界のサプライチェーンの多くは再構築が進められている。台湾がCPTPPに参加できれば、CPTPPの国々、特に日本との間で新しくより力強い、そしてより競争力のあるサプライチェーンが築けるだろう。簡単に言えば、台湾のCPTPP加入は、台湾の貿易の質と量、並びに経済の体質から言ってCPTPPの全ての国にプラスに働くだろう。
問:蔡総統は、トランプ-金正恩会談をどう見るか。
答:トランプ-金正恩会談が代表するのは朝鮮半島非核化のプロセスだ。地域の一員として我々は当然、この地域で核兵器が競い合う状況を望まない。また、朝鮮半島の非核化を非常に期待する立場だ。今回の会談で実質的な進展があり、核兵器開発競争の問題解決、あるいは非核化へのプロセスでの実質的な進展と計画にむすびつくよう期待している。台湾は国際社会に合わせ、関連の輸出禁止や経済制裁の措置を実施するが、非核化のプロセスの中でそれへの参与や協力を求められたならば我々は積極的にそれに取り組んでいく。