台湾の最高学術研究機関である中央研究院(中研院)遺伝子研究センターで特任研究員を務める李文華(Wen-Hwa Lee)院士(フェロー)の研究グループがこのほど、糖分の過度な摂取を避けることが代謝の異常による損傷からすい臓を守り、すい臓がんのリスクを下げることを発見した。この研究成果は7日、国際的な学術雑誌、「Cell Metabolism」に掲載された。
「がんの中のがん」とされるすい臓がんははっきりとした初期症状が現れず、患者の8割が発見時にはすでに末期状態だとされる。そのうち治療のための手術が可能な割合もわずか2割。そして手術が成功したとしてもその8割近くが再発や転移を引き起こすという。これまでの研究で、すい臓がんと糖代謝の異常に関連性があることはわかっていたが、その因果関係を確定することは出来なかった。今回の研究がもたらした最大の貢献は、糖代謝の異常がすい臓がんを引き起こす「キー的な」原因であることを突き止めたことにある。
従来の研究で、KRAS遺伝子は細胞の増殖を促すが、それが変異すると細胞の異常な分裂を引き起こし、がん細胞を作りだすことが分かっている。今回、李文華院士の研究グループは国立台湾大学附属病院の張毓廷医師、章明珠医師、鄭永銘医師と協力し、がん細胞ではない細胞4種類の採集と分析を行った。集めたのは、①糖尿病のすい臓がん患者で、がん化していない正常なすい臓組織、②糖尿病のすい臓がん患者で、すい臓に近い小腸の組織、③糖尿病ではないすい臓がん患者で、がん化していない正常なすい臓組織、④糖尿病ではないすい臓がん患者で、すい臓に近い小腸の組織。
分析の結果、KRAS遺伝子の変異は糖尿病のすい臓がん患者の正常なすい臓細胞でのみ起きることが分かった。このため研究グループでは、すい臓の代謝作用に問題が起きることが染色体を傷つけ、KRAS遺伝子の突然変異につながると推測。この仮説を実証するため、研究グループは正常なすい臓細胞に高濃度の糖分、蛋白質、脂質代謝産物を用いたところ、すい臓細胞の遺伝子変異を生み出したのは糖分だけだった。
研究グループによると、dNTP(deoxy-ribonucleoside triphosphate、デオキシリボヌクレオシド三リン酸)は人体がブドウ糖を摂取すると生まれるヌクレオチドであり、染色体の生成と複製に欠かせない材料。しかし、糖を摂り過ぎている環境にあるすい臓細胞では染色体の合成に必要なdNTPの量が明らかに低下する。dNTPの減少はすい臓細胞が染色体を複製したり修復したりする過程において、原料不足による修復の間違いを生み、KRAS遺伝子の突然変異をもたらす。そしてKRAS遺伝子の変異はすい臓細胞のがん化につながるのである。
糖分の多い飲食が他の臓器のがんにつながるかどうかについては、マウスに長期間、糖と脂質の多い食物を与えて高血糖状態にし、すい臓や大腸、小腸、肝臓、肺、腎臓などを調べた結果、染色体の欠損やKRAS遺伝子の突然変異が顕著に見られたのはすい臓組織だけだったという。このため糖分の摂り過ぎが蛋白質の糖化を促し、DNAの修復能力を失わせる現象はすい臓がんだけを発生させることが証明された。