「台北栄民総医院」(台北栄民総合病院)がこのほど、台湾初の「高規格生物安全等級第二級専用微菌整備実験室(腸内細菌整備実験室)」を設置した。健康な人のふん便から腸内微生物(Fecal microbiota=腸内細菌)を取り出し、腸などの様々な疾病の治療に役立てる。
台北栄民総合病院によると、1,000人中2人から3人は健康な腸管内にクロストリディオイデス・ディフィシルという細菌を保有している。それが病気として発症するのはそのわずか2%にすぎない。しかし患者が長期的な抗生物質治療や入院、あるいは制酸薬の使用によって腸内バランスが崩れている場合、この細菌は大量に繁殖して感染を引き起こす可能性がある。感染した場合、高齢者や免疫力の弱い人たちは危険群となる。
台北栄民総合病院をクロストリディオイデス・ディフィシル感染症で訪れる患者は毎年延べ365人。症状は深刻な下痢。1日に20回を超える下痢のほか、腹部の張りや腹痛、発熱、腸管内での出血なども現れる。さらに深刻な場合はクロストリディオイデス・ディフィシル腸炎や炎症性腸疾患、敗血症、末梢循環不全なども起きるという。
従来、こうした患者に対しては抗生物質を用いた治療が一般的だったが、再発率が高く、1カ月以内の死亡率は30%に達した。このため米国では数年前から微生物を用いた治療に取り組み始めた。健康な人の便から微生物を抽出し、患者の腸管内に移植することで、腸内微生物にあるべきバランスの回復を図る。治癒率は80%から90%にも上るという。
衛生福利部(日本の厚労省に類似)は昨年9月に「特定医療技術検査検験医療儀器施行或使用管理弁法」を公布して便微生物移植治療を許可、反復性や従来の治療法では効果の上がらないクロストリディオイデス・ディフィシル感染症患者に同治療への道を開いた。これを受けて台北栄民総医院は数千万台湾元を投じ、腸内細菌専用の実験室と細菌バンクを設置、こうした菌が汚染されるリスクを抑えることにした。
人体にある40兆種に及ぶ細菌のうち大部分は腸内に存在しており、制御できなくなるとたちまち病気を引き起こす可能性がある。将来的には、健康な人の腸内微生物を新鮮かつ冷凍、もしくはカプセルの形で患者の体内に移植できることが期待される。
33歳の曹さんは便微生物移植が成功したケース。クロストリディオイデス・ディフィシルによる感染で今年3月には1日に下痢が7、8回という事態になったが、従来型の抗生物質による治療は効果が無かった。しかし、便微生物移植治療を受けるとわずか3日で下痢の症状が和らぎ、副作用も全く起こっていない。現在は治療後の経過を見守っている段階だという。
「腸内微生物バンク」を立ち上げ、臨床治療と研究に使用できるようにするため、台北栄民総合病院は便の提供に関して厳格な基準を設けている。便の提供には6つの条件がある。まず65歳以下であること。次にBMI(体格指数)が25未満であること。特殊な肝炎や糖尿病など重大な疾病の病歴が無いこと。過去1カ月間に下痢の症状が無かったこと。過去3カ月のうちに出国(出境)していないこと。そして過去3カ月間、抗生物質を使用していないこと。
ビタミンやアミノ酸などは細菌によって作られる。営養も細菌によって分解される。このため腸内微生物は人間にとって「もう一つの臓器」だとも言える。現在の研究では、腸内微生物を用いた治療は自閉症やパーキンソン病、肝硬変、脂肪肝などにも一定の効果があるばかりでなく、アレルギーや糖尿病などの症状を改善するのにも役立てられると期待されている。
台北栄民総合病院では2019年3月27日に便微生物移植治療チームを発足させ、健康な提供者に関する厳格な評価と選択手続きを制定したのに続いて、今回、使用する腸内微生物専門の実験室と保管庫を設置した。すでに大腸内視鏡による便微生物移植治療を7例行っており、そのうち3例の腸内細菌は親族が提供、4例は健康な提供者によるものだった。いずれも経過観察中。
また、同医院では今年、全国的なものとしては2度目の便微生物移植治療訓練プログラムを実施、この治療法に関する300名近い人材の育成を行った。今後は引き続き健康な提供者からの腸内細菌収集に努め、クロストリディオイデス・ディフィシル感染症患者や従来の治療法では効果の上がらない患者への治療を行っていく。そしてさらには、ほかの疾病に対する便微生物移植治療の応用やそのメカニズムに関する研究も進めていくことにしている。