憲法解釈を担当する司法院大法官会議(憲法裁判所に相当)は5月29日、釈字第791号解釈の結果を発表、刑法第239条の通姦罪(=姦通罪)及び刑事訴訟法第239条のただし書にある「配偶者が告訴を取り下げてもその効力は姦通の相手には及ばない」という規定は憲法違反であり、同規定は即時失効とする判断を明らかにした。この姦通罪は刑法上の罪(=犯罪)で、既婚者が妻もしくは夫以外の人と性的な関係を結ぶことを刑罰の対象としている。また、刑事訴訟法第239条のただし書は、告訴を取り下げることで浮気相手だけを刑罰の対象にすることを可能にしている。
この問題について2002年の司法院釈字第554号解釈では、刑法の姦通罪を合憲とする判断を行っていた。当時は、婚姻と家庭は社会の形成と発展の基礎であり、憲法の制度的保障を受けるとして刑法239条を合憲と判断。しかし、社会的風潮が変化する中、裁判官19名が、婚姻妨害の事件を審理する際、同条文は憲法よる基本的人権の保障に抵触し、基本的人権を制限する疑いがあると考えて憲法解釈を求めた。また民間からも6件の憲法解釈請求があり、大法官は前回の解釈から18年後の今年、これらを合わせて再び憲法解釈を行った。
刑法239条では、「配偶者のある者が他の者と姦通した場合、1年以下の有期懲役に処す。姦通の相手も同様」としている。苗栗地方法院(苗栗地方裁判所)のある裁判官は婚姻妨害の事件を審理する中で、姦通罪には憲法違反の疑いがあるとして大法官に憲法解釈を求めた。また、刑法の姦通罪が違憲かどうかの判断以外に、刑事訴訟法第239条のただし書にある「配偶者を姦通罪で訴え、それを取り下げた場合、取り下げの効果は姦通相手には及ばない」とする規定も口頭弁論の重点となった。
この口頭弁論は今年3月31日、12名の裁判官が出席して行われ、そのうち4名が代表として意見を述べた。また、刑法の主務機関である法務部(日本の法務省に相当)からは蔡碧仲政務次長(副大臣)らが出席、刑事訴訟法の主務機関からは司法院(台湾の最高司法機関)刑事庁の彭幸鳴庁長らが出席して意見の陳述を行った。
鑑定人は国立交通大学(台湾北部・新竹市)の張文貞教授、東呉大学(同北部・台北市)の李念祖教授、国立台湾大学(台北市)の王皇玉教授と薛智仁副教授、国立台北大学(台北市)の蔡聖偉教授、国立中正大学(同中南部・嘉義県)の黄士軒副教授が大法官の要請に応じて担当。大法官はまた、財団法人祥和文教基金会の許幸恵董事長(理事長)、財団法人励馨社会福利事業基金会の紀恵容前執行長を招き、2人は「法廷の友」として意見を述べた。
憲法解釈を願い出た呉志強裁判官は、姦通の行為は婚姻を揺るがす唯一の原因ではなく、国による刑罰で介入する必要は無いと主張し、姦通罪を違憲と判断するよう訴えた。また刑事訴訟法第239条のただし書の部分についても、制度の設計上、国による刑罰が不公平で不平等なものになってしまうほか、婚姻を維持する気のない者に、「仮面夫婦」の関係を強いることにつながると主張した。
何効鋼裁判官は、姦通罪は個人のプライバシーを著しく傷つけるものであるほか、姦通行為については法廷での実務上、民法での損害賠償で大いに代替可能だと指摘、姦通抑止のためには民法での損害賠償の方が刑法による制裁より効果的だと訴えた。
また、張淵森裁判官は、姦通罪の存在理由は家庭と優良な風紀を守り、配偶者の苦痛を避けるためかもしれないが、法律が自由な結婚や離婚を認めている中、刑法を以って婚姻への忠誠を強要することは出来ないと述べた。張裁判官は、婚姻には嫁姑問題や子女の教育、経済的な問題など様々な苦痛が存在し、性的な関係はそのうちの1つに過ぎないと指摘、1人が婚姻の中で苦しむことで、もう一方が必ず罰されなければいけないわけではなく、苦痛が刑法による処罰の理由になるべきではないと主張した。
林孟皇裁判官は、国が感情的な不服を満足させるためだけに刑罰を用いることは不適切だとした上で、刑罰は夫婦の性的な忠誠心を確保することは出来ず、婚姻の破壊を加速させるだけだと述べた。
紀恵容執行長は、姦通罪は「女性を罰する条項」で、起訴されるのは男性の方が多いが罪が確定するのは女性の方が多いと指摘。また、姦通罪は刑法を利用して浮気を抑止しようとするものだが、学生に対する体罰を使った教育が主張されない今では脅して婚姻の維持を強いるようだと批判した。紀執行長はさらに、先進国にもはや姦通罪は無いとして、今もこれを有する台湾は深く反省すべきとの見方を示した。紀執行長はそして、姦通罪が家庭のプライバシーを侵害する点は国際人権規約にも反していると訴えた。
司法院刑事庁は、時代の変化に伴って人々はますます自主権を重んじるようになり、人は性の自主権の「主体」であり「客体」ではないと考えるようになったと分析、配偶者の権利は民法が十分保障しているほか、法律も時代に寄り添うべきだとして「姦通罪は不要」との立場を示した。また、刑事訴訟法第239条のただし書については、統計上、姦通罪で訴えられて有罪となるのは女性の方が男性より多く女性に不利な状態だとし、性別による影響が今も残っているとの見方を示した。
しかし、姦通罪の廃止について台湾社会でコンセンサスが形成されていると言い切れるわけではない。国家発展委員会(省レベル)は4年前、インターネット上で公共政策への意見を募るプラットフォームで姦通罪廃止の是非を問うた。この時にはこの議題に関する公聴会記録、現行の民事・刑事の法律規定も同プラットフォームで公開し、人々が投票や意見表明の参考に出来るようにした。政府はこれによって民意の動向を把握し、法改正の参考にしようとしたが、その結果、投票者数1万755人のうち85%が廃止に反対した。
また6年前には法務部が世論調査会社に委託して調査を行っている。同調査では現在の刑法と民法の姦通行為に関する規定を伝えた上で、姦通罪廃止に対する意見を聞いた。その結果、回答者の77.3%が姦通罪の廃止に賛成せず、民法を改正して対応措置を整えたとしても、70%近くがやはり姦通罪の規定を廃止することには反対だった。
さらに3年前、民間団体の財団法人台湾民意基金会が行ったアンケート調査では、姦通罪の廃止に「非常に同意する」人はわずか10%、「まあ同意する」が16%だったのに対し、「あまり同意しない」は25.1%、「全く同意しない」は44.3%、「意見なし」は4.6%だった。すなわち姦通罪の廃止を支持したのは約26%だったのに対し、「強く反対した」44%を含む69%の人が廃止に反対していたことになる。