2024/05/07

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文化部、「澎湖県鸞書」を世界記憶遺産の国内候補リストに

2020/05/21
文化部は、離島の澎湖県文化局から推薦のあった文献「澎湖県鸞書」を世界記憶遺産の国内候補リスト「台湾世界記憶国家名録」に採用することを決めた。写真は世界遺産登録を目指す「台湾の潜在的な世界遺産」をまとめた文化部文化資産局のサイト「台湾世界遺産潜力點」のうち、「台湾世界記憶国家名録」のページのスクリーンショット。(文化資産局「台湾世界遺産潜力點」サイトより)
文化部(日本の文科省に類似)はこのほど、離島の澎湖県文化局から推薦のあった文献「澎湖県鸞書」を世界記憶遺産の国内候補リスト「台湾世界記憶国家名録」に採用することを決めた。台湾各地から推薦のあった15点の文献の中から選出された。
 
「扶鸞」(あるいは「扶乩」)とは中華圏で行われる占いの一種。「乩筆」という筆記用具を使い、「沙盤」と呼ばれる平らにならした砂に文字を書き、神からの託宣を読み解く。「鸞堂」は、その儀式を行う宗教組織、あるいは団体を指す。「扶鸞」の活動を記した文章が「乩文」あるいは「鸞文」で、それを校正し、まとめて出版したものを「鸞書」と称する。
 
澎湖の「鸞堂」は、外部との交流が少ない中、独自のスタイルを形成してきた。それは地域に密着した民間信仰となり、執筆活動、人々の救済、講話活動を三大任務としてきた。執筆された「鸞書」は260部にも及び、澎湖の「鸞堂」がいかに精力的に活動していたかを伺い知ることができる。
 
「澎湖県鸞書」は澎湖における早期の「鸞堂」文化から生まれたもので、最も早いものでは1853年に媽宮(現在の馬公市)にあった「普勧社」が「沙盤」を設置して「扶鸞」を行っていたという記録が残されている。この「鸞堂」は当初、読み書きの出来た知識人が主導しており、その後に「一新社」と改称。澎湖で初の「鸞書」となる「覚悟選新」を編纂した。これは、澎湖における「鸞堂」の発展を促した。現在、澎湖県にある200か所あまりの廟宇のうち、少なくとも64か所は「鸞堂」と関係するものだ。
 
澎湖県文化局は、同県在住の長老、朱茂林さんの家族から1,600冊近い「鸞書」の寄贈を受けた。これは澎湖県における過去100年間の社会、経済、民間信仰、風俗・習慣、医療観念、印刷・出版等の変遷を記録した縮図とも言えるものであった。
 
澎湖県は今年、この「澎湖県鸞書」を文化部が行う第2回「台湾世界記憶国家名録」の選抜に推薦した。学者・専門家30人がその真実性、独自性、影響力、希少性、完全性、リスクなどを審査した結果、「澎湖県鸞書」を台湾の記憶遺産候補リストに加えることを決めた。
 
澎湖県文化局の王国裕局長は、書籍を寄贈してくれた朱家の人々や、長年「鸞堂」文化や澎湖県の「鸞書」について研究を続けている澎湖県隘門国小(=小学校)の教員、許玉河さんに感謝すると共に、学者・専門家による審査の過程で、「澎湖県鸞書」の重要性がより明確になったとし、今後もより完全な収蔵を目指して文献を保存し、貴重な資料をより多くの人に見てもらえるようにしたいと抱負を語っている。
 
 

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